2017年11月26日日曜日

勤労感謝祭④

じゃりっじゃりっ
ほとんど明かりのない階段を踏み外さないよう慎重に降りていく。
階段には砂が散っていて一段降りるたびに擦れて音がする。
どうやら扉だけでなく、建物の地下部分全体が地上部よりもだいぶ古くのものであるらしく、湿っぽいカビの匂いがした。

じゃりっじゃりっ
階段を降り切ると、そこには煉瓦壁の暗い廊下が続いている。その先がぽわりと明るくなっていて、明かりの元から溢れて来ただろう声々が廊下にぼんやりと反響していた。

明かりの下へと行くと、教室ぐらいの大きさの部屋になっていた。

「どうやら全員揃ったようで」
俺が来るのを待ちわびていたのだろうか、踏み入れてすぐに一人の恰幅のいい男がそう言った。そこにいる人々の視線が俺に集まる。6,7人ほどいるらしい。視線が痛い。

ぱんぱんっ。
さっきは別の男が手を叩く、視線は俺に穴をあける前にそちらに移った。

「皆様、本日はようこそいらっしゃいました」
男はすらりと背の高い鼻筋の通った二枚目で、彼と心を開き打ち解け友情を誓うことはないだろうと密かに思った。

「本来ならば山岸氏こそ音頭を取るのに相応しいのでしょうが、彼は残念なことに急に一世一代の用事が入ってしまったらしく、力不足ながら私が仕切らせて頂きます」

男はそこでコップの水をくくっと飲み、そこから雄々しく宣誓のようなものを始めた。

「この世には三種類の人間がいる。この人の世を回す勤労な者、それに多くの貢献こそしないもの害もなさぬ怠惰な者、そして世を回さぬばかりか勤勉な者たちを掻き乱しその勤勉さの築く白き栄光に墨滴を散らす我ら愚かな者である。我らはこの世に混沌をもたらす者の集い、愚者の会である」

男はまた水を飲む。俺はぽかんとした顔で周りを見渡したが、阿呆のような顔をしているのは俺だけであって、みんな当然のようにその宣誓を聞いていた。
宣誓を終えた男は少しほっとした顔を見せ、続けて話し始める。

「さて、私たち愚者の会も結成から今日で1年を迎えました。この大学で暗躍し、広く人々に多大な迷惑をかけていた有志たち4名がこの会を結成しました。そして、1年の間に新しく同志が増えたことを嬉しく思います。1年の間、私たちは互いに切磋琢磨し合い、大学に渦巻く混沌をこれまでよりも更に深く出来たと感じています。私の運営するメディアである近傍ゴシップ『バビルサ』も知名度をさらにあげ、ここでは紹介しきれませんが、学内壁登り同好会『孤独の人』、ベンチャー宗教『不老不労会』を始めとして、学生たちの間で私たちの話題が出ない日はありません」

「そんな活動知らないぞ!!」
と叫びたくなったが、完全にアウェイの空間の中で叫ぶ勇気もなく、もし「それはお前の友人が少ないからだ」と言われた場合、反論は困難を極めることが予想されたため、喉からせり上がる言葉をグッと堪えた。

「みなさんは日夜それぞれの愚かな行いの従事に忙しいと思われますが、今宵は勤労感謝祭でございます。普段、私たちが被害を与え続けている勤労者たちに今宵ばかりは感謝の意を送ろうではありませんか」

そこまで言うと男は二枚目の顔に軽い笑みを見せた。

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