2017年11月10日金曜日

鏡ヶ池②

先月末、妙音通に住むとある老人の夢にお告げがあった。
気が付くと老人は見知らぬ場所に立っていた。
周りは雲の上のようにふかふかとしており、老人は自分が死んだのだと思い込んだ。
その時、何かが老人の方へと宙を泳ぎ近づいて来た。
「龍だ!」と咄嗟に思ったものの、近くで見るとそれは巨大なアリゲーターガーであった。そしてその上に乗っていたのは、覚王山は日泰寺に眠っているとされる、お釈迦様であったのだ!!
「このガーはお城の堀で捕えられたガーだ。このガーも、名古屋の地に兄弟を残したままでは気が気でなく、極楽浄土へと上がって行くことも儘ならぬと申す。そこでお前に一つ仕事を頼みたいのだ。鏡ヶ池にいる兄弟ガーに一つ遺言を伝えてやって欲しい」
とお釈迦様は語った。
この老人、実はお堀での捕獲作戦に一役買った地元の名士で、信心深い仏教徒であったから、夢から目覚めてからはてんてこ舞いの大騒ぎであった。自ら老体に鞭打ち、何度も鏡ヶ池を訪れたがガーに会えるべくもなく、季節の変わり目で体調も崩し、さてどうしようかと困り果てていたところ、どこからか話を聞きつけた山岸がニヤつき顔で救いの手を差し伸べにやってきた、というわけだ。

俺には可哀そうな老人を山岸が上手いこと騙したようにしか思えなかったが、以上が山岸の話をまとめたものだ。

「だからと言って、なんで俺がそんな役目を担う羽目になるのだ。お前が自分でガーとやらを探しに行けば良いだろう。」
「いやそれがなかなか忙しくてね。それにお前は暇だろう」

山岸がジェノベーゼの最後の一巻きを口へ運びながらのたまった。
誠に失礼なやつである。一体俺のどこが暇だというのだ。

「留年の原因になった単位もほぼ取り終えて、後期はほとんど講義もないそうじゃないか。時間は腐るほどあるだろう」

痛いところを突かれた。言うなればあばら骨のあたりを強く突かれた感じだ。

「講義がないからと言って暇というわけではない。俺にも色々と都合というものがある」
「もちろん謝礼は支払うともさ」

謝礼か……悪くない。
しかし、どうも馬鹿げた与太話に聞こえる。
そもそもアリゲーターガーに出会えるとも思えない。

マスターが食後のコーヒーとケーキを持ってくる。
ブラウニーの上のストロベリーソースがてらてらと眩しい。

山岸はコーヒーをすすりながら
「それに首を縦に振らなきゃ、鉄板ナポリタン及びコーヒー、あとそのケーキの料金は支払わないぜ」と言った。

痛いところを突かれた。みぞおちのあたりだ。

俺は無言で財布を取り出す。ふにゃりと根性なく曲がる。
お札入れには何も見当たらなかったので、小銭入れを開けて軽く振る。
一枚の50円玉が財布から転がり、そして砂糖のポットに当たってかつんと寂しい音を鳴らした。

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