2017年11月11日土曜日

鏡ヶ池③

それからの5日間、俺は健気にも鏡ヶ池の木陰で水面を眺める日々を送った。
(留年をするような人間が)なぜそこまで熱心に池を眺められたかと言えば、ランチのおごりだけでなく、先払いで貰った謝礼が思いのほか良かったためである。
お陰でコンビニのホットスナックを食べながら水面を眺められた。
実を言えば、何度となく池にいると連絡してサボろうとはしてみたのだが、その度にどこで監視していたのだろうか、山岸からそれとなく嫌味な電話が入ってくるのである。
そのためサボタージュも敵わず真面目に通う羽目になった。

最初の4日間は足の疲れのほかに、特に何も得るものはなかった。
木陰にいるとはいえ、日中外にいたため多少日に焼けただけである。
やや小寒い風に頬を撫でられながら本のページをめくっては時々水面を確認したりしていた。
池は透明度の低い水をただずんと湛えているばかりである。

それは俺が通い始めて5日目のことであった。
そろそろ本や漫画を読みながら、水面を時折確認する仕事にも飽きが出始めた頃で、ぼちぼちこの日々から引退し、日常生活(といっても大してやっていることは変わらないのだが)に戻ろうかと思っていた頃のことである。
天気は曇り、風は西向きにやや強く、なんとなく空気もどんよりと重たい日であった。
おやつに、と持ってきた菓子パンを袋から頬張っていた午後3時過ぎ。
やおら池が賑わいを見せ始めた。

最初は水しぶき、その水音しか分からなかったが、よくよく見てみると大量の魚が水面を割るように池の端へと我先に泳いでいるようだ。
魚の群れはぬらぬらと重い曇光を反射し、あたかも湖央から広がる一つの大きな水紋に見えた。
ただならぬ雰囲気に菓子パンを放り出し(実際にはカバンの上に優しく置いた)、池へと近づく。
その瞬間、池の中央から巨大な塊が宙へと飛び出た。
大きさは身の丈の三倍をゆうに超し、黒々とした黒鉄色の体が鈍く光る。
瞼を持たぬ笑えるほどに大きな目がぬるりこちらに向く。
それは、まさにガーであった。

鏡ヶ池④(最終)へ


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