2017年8月17日木曜日

歯医者

歯医者が嫌いだ。嫌いというか苦手だ。
なるべく行きたくない。やはり嫌いなのかもしれない。

ひんやりとした石の階段を登り、重いガラス戸を引いて院内に入る。
うがい水の匂いが鼻を通って脳へと染み渡って来る。歯医者の匂いだ。
脳から子供の頃から蓄積された歯医者の嫌な記憶がにじみ出てくる。

診察券と保険証を受付に座る無駄にきれいな女性に渡す。
不思議と歯科衛生士というのは無駄にきれいな女性が多い。

診察室の方から機械が歯を削る時の、気に触る摩擦音が聞こえて来る。
歯医者で与えられる痛みというのは、それ自体はそこまで大きなものではないのだ。
ただその痛みを「恐怖」というスパイスが2倍にか3倍にか大きくしてくれている。

サーカスでは仔象のときから繋いでおくことで、鎖を「絶対的なもの」と脳に覚えこませると聞いたことがある。こうすることで、巨象となろうとも鎖を違って逃げるようなことは出来ないらしい。
我々もまだ年端もゆかないうちから歯医者へ連れていかれ、口に金属の太い棒(昔は今よりも口が小さかったのにも関わらず)を突っ込まれて、好き勝手に身体を削られる恐怖を脳の奥深くへ染み込ませてきた。
まだ僕が小さい頃、一度だけ診察台から院外まで走って逃げたことがある。すぐに捕まえられ連れ戻された僕は、歯科医という恐ろしい存在にはどうしても抵抗出来ないということを思い知ったのだ。

先程とは別のきれいな女性が僕の名前を呼ぶ。
おそらくこの「歯科医院」というところは耐え難い恐怖を女性の見目の清さでカバーしようとしているのだ。そしてその試みが幾分か成功しているのは、僕が通い続けていることからも間違いない。