2018年1月26日金曜日

森見登美彦とは

「まぁなんとかなるさ」「今を楽しむことが重要だ」などと嘯きながらも、その姿のいまだ見えぬ明日への不安を抱いている。一方で摩訶不思議な出来事に巻き込まれながらも、一方で等身大の生活を楽しんでいるのだが、同時にその生活自体に悩んでいる。
森見登美彦の世界にはそんな学生がよく登場する。
そして大体の場合、舞台は京都だ。

森見の作品に最初に触れたのは映画『夜は短し歩けよ乙女』である。
以前からその名前は耳にし、書店で表紙を目にし、友人が語るを聞きし作品ではあったが、勝手にポップな世界をイメージして敬遠していた。
しかし、映画となれば話は別だ、と思い特に前評判を聞くこともせず、下調べもせず、ふらふらと映画館に吸い込まれていった。

だがその映画の素晴らしさたるや、油断してガードを下したところにアッパーカットを合わせられたような衝撃であった。
それは湯浅監督の貢献も大きいわけだが、それで俄然この「森見登美彦」という作家に興味を持つに至った次第だ。

それから『四畳半神話大系』を読み、『太陽の塔』を読み、あれを読みこれを読み、いつの間にか全作品を読んで、エッセイと対談集まで読んでしまった。

実をいうと、『四畳半神話大系』を読むまでの6,7年間、ほとんど小説というものを読まなかった。なんというのか、現実の自分と小説の中の主人公との間の乖離を感じ、明るい話を読んだ後も明るい気分にならなかったからだ。
映画やアニメなどと比べ、自分で想像する部分が大きいからなのかもしれない。

一方で森見登美彦の世界はファンタジーで飾りつけてあるが、その根幹には劣等感を感じ将来に怯えながらも強がる、主人公の不器用さ・弱さのようなものを感じた。
あえて言うと恥ずかしいが、自分を投影することが出来る像であった。
自分が投影するために、その部分ばかりを見ているのだと言われたら否定はできないが。

そういえば、大学生が主人公だから、逆にそれが重くてなかなか読めないと言っている友人がいたが、おそらく彼は僕よりも器用なのだ。器用な人間にはおもりとなる物語が、不器用な人間には翼となることもある。

もしかするとそれは森見登美彦自身の経歴ゆえなのかもしれない。
大学4年の時に研究室からドロップアウトした森見は、大学院に(なぜか入れたので)もどり、在学中に『太陽の塔』でデビューを果たしている。
大学時代に森見が感じていた漠然とした不安感が下地になり、物語に昇華しているのかもしれない。


せっかくなので、ぜひ読んでほしい作品をいくつか紹介する。僕の拙い文章で興味が出た方は是非読んでみてほしい。

『四畳半神話大系』
アニメ化もされた、森見登美彦の代表作。
下宿の仙人、謎の美女、黒髪の乙女、そして妖怪じみた悪友が腐れ大学生の「私」を様々なトラブルへと突き落としてゆく。
原作の4部構成、そしてそれをさらに拡大したアニメ版ともに見事。
語るに及ばず、一見の価値あり。


『有頂天家族』
糺ノ森に住む狸の家族。四兄弟の三男、矢三郎は父から受け継いだ「阿呆の血」ゆえに、様々な問題に首を突っ込み、巻き込まれていく。
京都を舞台にたぬきの頭領争い、天狗の相続問題、そして様々なもめ事の裏に暗躍する影。
三部作で現在二部まで刊行。三部はおそらく5年後くらい...?
これもアニメ化されており、昨年に放送されたばかり。
他の作品とは異なり、家族愛・兄弟愛にスポットを当てた作品である。
感動はするわ、血は煮えたぎるわ、なエンターテイメントである。


『ペンギン・ハイウェイ』
常に何かを学ぼうとする理知的な少年と、歯科医院の不思議なお姉さん。
ある日、街に現れたペンギン。森に広がる不思議な空間、そしてペンギンを襲う怪物...。
他の作品に比べ、より低い年齢層でも楽しめる作品。
それでいて、一番切ない作品かもしれない。

『きつねのはなし』
京の街で一本脇道に入れば、そこには怪異が佇んでいる。
そんな京都怪異物。森見登美彦の元々の作風はこっちらしい。
普段書いているコミカルでセンチメンタルでノスタルジーな作風とは大きくことなり、しっとりとした情景にとぷんと飲み込まれるような作品。
京の街だからこそのリアリティと、どろどろとした不気味さの虜になること請け合い。

『夜行』
刊行された作品の中では最新作にあたる。
十年前の鞍馬の火祭りで行方不明になった女性。
当時の仲間で集まる夜に各々が語り出す「一本向こうの」世界の話。
そして全てを結びつける岸田道生の連作「夜行」とは?
「きつねのはなし」では京都怪異物に落とし込むことで自然と抑えられていた、湿度の高い恐怖に飲み込まれ、読んだ後は世界の不安定さが恐ろしくなる。
叙情的でじめっとした質感が肌まで伝わってきて、限りなく不気味。
とてもおすすめ。


以上、短くはなったが幾つか作品の紹介をさせてもらった。

是非読んで欲しい。

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