2018年1月13日土曜日

忘れ物センター⑤

忘れ物センター④→

エレベーターは下へと動いているようだった。
しかし、扉の上の文字盤は1階を指したままである。

...... どれくらい時間がたっただろうか。
ゴトッ、という音と共にエレベーターが停まった。
ずっと乗っていたような気もするし、さっき扉が閉じたばかりのような気もした。

エレベータの扉が開く。
そこは想像していたよりも......ずっと小綺麗な場所だった。
てっきり暗い廊下でもまた続いているのだろうと思っていただけに、明るい小部屋を見て少しほっとした半面、居を突かれた感じがした。
赤いカーペットの床、白い壁紙、奥の壁には木でできたドアが見える。
そして、その脇にはカウンターと何枚ものディスプレイが備え付けられていて、さながら映画館のチケット売り場といった趣だ。
その中で一際目を引いたのがカウンターに立てかけられた木製の古い看板で、墨汁で達筆に「忘れ物センター」と書かれていた。

「前の受付で使われていたやつなんですよ」
ふいに声がする。
びくっとして顔を上げると、いつの間にかカウンターの向こう側に女性が立っている。

「と言っても場所が変わったわけではないんですけど。あっ、それだと改装した、って言い方のが正しいかもしれませんね」
彼女は自ら納得したように続ける。
紺のジャケットの胸に銀の名札がついており、「織部」と刻印されていた。

「えっと人の紹介で...」
「山岸さんの紹介ですね、さっき電話をいただきました。財布の件ですよねー」
待ってました、という感じで織部女史がキーボードをぱちぱちと叩く。

するとカウンターの後ろのディスプレイに俺の名前と共に、「G8.46.2」というコードが表示された。
「こちらに保管されています。案内しますよ」
というと、彼女はドアを開けてさっさと中に入っていってしまった。
置いていかれてはことだと思い、追いかけるようについていった。


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ドアの向こうに入った途端、俺は言葉を失った。
呆気に取られた、というのはこういう事を言うのだろう。
聡明な俺の顔も、この時ばかりは格別に阿呆と化していた。

そこは地下に空けられた巨大な空間だった。
配送センターとか、そういうのをもっと巨大にした感じで、入口からは端が見えなかった。
先程の受付とは打って変わって、四方の壁はコンクリートが剥き出し。そして、どこまでもドアが無数に並んでいた。それが上下に層になった通路沿いに、何本も走っている。


「どうです。なかなかすごいでしょう」
女史が誇らしげに言う。ちゃんと待っていてくれたようだ。

「これは……上手く考えがまとまらないけれど、どうなってるんです?」
俺は混乱が収まらないまま質問する。

「話すと長くなるので、説明しながら行きましょうか。コードは……G8ですね。こっちです」
そう言うと織部女史は歩き出した。

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壁沿いの扉には一つ一つ番号が振られていた。
「G8は入口から近いので歩いて行けて楽なんですけど。あっ、でも遠くの場合は遠くの場合で別の方法があるから安心してください」
それも気になるが、もっと本質的な問題を解決したかったため、織部女史の「セグウェイ導入を却下された話」を遮り質問をする。

「あの、そもそも忘れ物センターとは何なんですか?」
女史が少し困ったような顔する。
しまった、本質的な質問はまずかったか?

「ここが何か……ですか。なかなか哲学的な質問ですね。忙しい時代に残された最後のユートピアの一つとか……」
そういうことではない。

「あ、ここの役割ですか?てっきりもう山岸さんから聞いているのかと思いました」
「山岸の話だと、忘れ物や落し物を(勝手に)回収して保管しているとか」
「だいたいその通りですよ。この大きな施設には山というほどに忘れ物が保管されているんです。私たちのずっと上の先達が始めた仕事を、今は私たちが引き継いで行なっているんです」
女史はまた誇らしげだった。
どうやらここでの仕事(?)に誇りを持っているらしい。

「でも、なんでそんな活動を?第一、こんな場所まで忘れ物を取りにくる人なんていないでしょう」
俺は山岸から聞いた時から不思議に思っていた事を聞いてみた。
取りに来れないならば、置き引きと変わらないではないか。
拾得物の着服ではないか。

女史はやれやれという顔をして
「忘れ物っていうのはですね...これも話すと長くなるんですが...まぁ、必ずしもその人の手元に戻るのが良いとは限らない物なんですよ」
と言うと、一つのドアの前に立ち「ここがG8です。入りましょう」と言いドアを開けた。


忘れ物センター⑥へ

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