2018年1月15日月曜日

忘れ物センター⑦

忘れ物センター①→→
忘れ物センター⑥→



織部女史が箱を開ける瞬間、自然と俺は拳を握っていた。
箱には特に物音や、異臭や、そういった危険な様子はない。
体をこわばらせ、手を汗ばませながら、箱をのぞき込む。

まず目に入ってきたのは、紙の束であった。
...何だろうこれは。
俺はなぜだかがっかりしていた。
もっと凄い、もっと恐ろしいものを期待していたのかもしれない。

俺は紙束を手に取る。
さらさらとした手触りで、あまり使いこまれた様子もない。
束を開いてみたが、どうやらこれは原稿用紙らしい。

「原稿用紙...。なんでこんなものが?原稿...」
その刹那、俺の頭の中で電流が広がり走るがごとく、暗所へしまい込まれていた記憶が脳裏へ再び焼き付けられた。
これは確かに俺が失くしたものだった。

大学に入ってまだ1か月もたたない頃、すでに俺は孤高の男となっていた。
今では考えられないほどの熱い想いを身に秘め大学の門戸を叩いた俺であったが、それを知る者はおらず、ましてやそれを活用する術などを知るものに至っては俺も含め誰もいなかったのである。
簡単に言えばタービンが焼ききれんばかりに空回りをしていた。もしかすると焼き切れたのかもしれない。
それはとにかくとして、当時、身中で蠢いていた蒼く粘性の高い炎は、噴き出る場所を求め様々なことに俺を駆り立てた。
その噴出孔の一つがこの原稿用紙である。
一体、あの瞬間に、俺が購買で200枚の原稿用紙を購入したあの瞬間に、俺が何を志していたかについてはあえて聞かないでほしい。
それが優しさであり、俺が自ら喉を掻き切らずに生きる唯一の方法であるからだ。

言わずともご理解頂けているであろうが、その原稿用紙は半分も埋められることはなかった。
俺は抗えぬ羞恥で顔が熱くなるのを感じた。
しかし...なんだろうか。その頃に俺は...自らを突き動かす熱の溢れていたその頃に...


カッ


にわかに眼前が明るさを増した。
サングラス(ではないらしいが)越しでも分かるほどの光量が眼を突き刺す。
俺はもはや目を開けていられなくなった。
しかし、それでも目蓋を透過した光は、網膜から常識的な強度を超えた情報を脳へと送る。


俺が真っ白になっていく。





ぱたっ

という音ともに、光は消えた。
恐る恐る目を開けるとそこには世界が戻ってきていた。
女史は箱に留め金をかけて棚に戻した。
「遮光箱の中身はこんな感じです」
女史の顔には先ほどと同じ微笑みが、しかし先ほどよりもしっかりと見て取れた。
それは思っていたよりも悪戯っぽく、思っていたよりも美しかった。

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財布を回収した、という証明書にサインして俺はセンターを出た。
「また御用の際はどうぞー」
織部女史はそういうとカウンターの向こうへ消えていった。
出来れば今度大切な物を拾った時はまず連絡して欲しいものだ。

帰り道は、まぁ行きと同じなので割愛する。
誰に遭遇するともなく無事に駐輪場へ出てこれた。
すでに日は傾いていて、入る前より角度のついた太陽が駐輪場を照らしていた。


それから俺は学食に行った。
カレーを並盛で注文してから、ふと思い返しカツカレーの大盛に変更してもらう。
サイドに温泉卵と納豆も追加した。
なんだか強くなれる気がしたのだ。



追伸:
それから数日後に山岸にあったので、ざっと粗筋を報告した。
山岸は俺の話を聞いている間にコンビニで買ったビタミンドリンクを一本飲み干した。
原稿用紙のくだりは些細な矜持から省いた。

山岸はどこからかビタミンドリンクをもう一本取り出すと
「これは僕からの餞(はなむけ)だ」
と言って俺に向かってペットボトルをほうった。

「まぁそれと引き換えというか、こないだの情報料というかだがね。一つ頼みが」
そう言って山岸は顔の前で人差し指を振った。

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