2018年1月8日月曜日

忘れ物センター①

人間、貧すれば鈍するとはよく言ったものである。
実際のところ俺の生活はここ数日の間、貧窮を極めていた。
身体はカロリーを求めることをやめ、むしろ機能を低下させることに注力することに決めたようである。四肢は重くまるで死者のように蠢くことしか出来ない有様であった。

「まぁ元々、ゾンビみたいな生活を送っていたんだ。大して変わらないだろう」

と言って、山岸が目の前でコンビニのホットスナックを頬張る。
殺意が沸く前に、口から垂れんばかりの脂を見て、俺の口から泉のように唾液が湧き出てくる。

「こんな無残な男を前にして、奢ってやろうという気はないのか!お前はそれでも心を持った人間なのか!お前こそ人の心を失った悲しいサイボーグなんじゃないか!」
俺はがなりたてた。
道行く人々の視線がこちらに集中する。
悔しさからか、侘しさからか、俺の目からは涙がこぼれそうであった。心の汗である。

「奢ったり、金を貸したり、そういうのは主義に反してね」
山岸はウエットティッシュで口を拭ったが、口の周りは依然脂で光り輝いていた。

「財布を落としたぐらい、厄を落としたとでも思うしかないね。もしかすると大学に住むと言われる東山の妖精が持って行ってしまったのかもしれない」

「ファンタジーで慰めるな!!そもそもそれは慰めているのか、いや、誰が言ってるんだ、それは!」


先週末のことであった。
珍しく大学に出てきた俺は自分を褒め讃え、褒美として学食でカレーを食べさせてやることにした。カレー程度と侮るな。カツカレーである。
注文を終えカツカレーを受け取り、会計に立つ。

その時何か嫌な違和感を感じた。
普段後ろポケットに感じている圧迫感が……ない。
脂汗をかきながら右手で自分の尻を撫で回す。
が、ない。
俺の使い込まれた長財布はどこかへ旅立っていた。

そこからカツカレーがどうなったかについては、ここでは話すのも躊躇われるから聞かないでおいてくれ。



山岸に対する俺の語気はだんだんと荒さを増して行く。
その勢いに圧されたのか、俺の目の血走りに本能的なエマージェンシーを感じたのか、珍しく山岸が少したじろぐ。

「まぁ、それだけ大学中を探し回って、事務室を訪ね歩いたのなら、もう望みはだいぶ薄いんじゃないか」
山岸はちょっと距離を取りつつそう言った。
俺の噛み締めた歯の間から、嘆息にも咆哮にもにた呻き声が漏れる。

「あ、そういえば」
山岸が思いついたように言った。手には反撃のためか、木の棒が握られていた。

「最後の希望になるか分からんが、一つ心当たりがある」

俺は噛み付くのをすんでのところで止めた。


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