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2018年3月13日火曜日

生活を手に

「生活」というのが手から離れていっていないだろうか。
生活に必要な物は全てお金で揃う時代である。
普段は働いてお金を稼ぎ、そのお金で食事や衣服を購入する。
(僕は稼いでいないが)

近代社会では分業・専門化が進んでいって、いわゆる「衣食住」から仕事も日常の生活も離れていきがちである。
そうなると僕らは中間の「お金」というものを右から左に流すだけになりがちだ。

そんな生活を続けていくと、「生きる」ということが手から離れていっているように感じることがある。
「生きるため」に働いていると言っているが、本当に生きていくための行為なのか。
そんな疑問が浮かぶ。

という思いもあり、あえて専門に逆らってみることがある。
自分の普段作らないような料理を作ってみる。
自分でちょっとした小物を作ってみる。

最近は破れたジーパンを利用してカバンを作ってみた。
あまり人の目の近くに持っていける出来ではないが、少なくとも物は運べそうだ。

こうして手を動かして「生きる」ことに近い仕事をこなす。
すると少し生きている実感が増すような気がするのだ。

2018年2月3日土曜日

あむーるじゅてーむぼなむーる

名古屋にチョコの祭りが3つある。
栄三越で開催されるサロン・ドゥ・ショコラ。
栄松坂屋で開催されるショコラ・プロムナード。

そして名古屋高島屋で開催されるアムール・ドゥ・ショコラである。
今年も去年に続いてアムール・ドゥ・ショコラに美味しいチョコ(の試食)を求めて行ってきた。


しかし、いやはや物凄い人の数であった。
ショコラティエのブースがひしめき狭い通路は人の山で埋め尽くされていた。
僕が前進するたびに僕よりも階級が上の女性たちがタックルを決めてくる。
普通に歩く五倍疲れる。

トシ・ヨロイヅカやクラブ・ハリエなどは行列がすごくてとても並んでいられない。
おそらく並ぶと1時間くらいかかる。
だって列の最後尾から店が全く見えないんだもの。
しかも目玉商品は手に入らない。
手に入れるためには、数取券や整理券だからだ。
そしてそれらの券はおそらく始発で名古屋駅に来ないと手に入らない。

ここは潔く行列のあまりない店を中心に見て回る。
行列がなくてもどこも有名なお店だ。
なんか気のいいおじさんがいるなぁ、と思うと有名なパティシエだったりする。気をつけよう。

とにかく物欲しそうな顔をしながら、「へぇ、こういう商品があるんですか」「えっ、試食してもいいんですか?」とわざとらしい態度で色々と試食をいただいていく。
「回ってからまた来ます」とは言うがまた来ることはない。
これは日本人の美しい慎み深さである。

はぁ……どこの試食も美味い……
が、なかなか自分では買うことが出来ない。
どこで買っても美味しいことには違いないのだが、なんとか自分用にちょうどいいチョコが欲しい。何か買わなければただの試食魔になってしまう。

というわけで、賛否両論のチョコを購入した。
ピーカンナッツを和風のチョコでコーティングした逸品だ。
あまりに美味いのでどんどん進んでしまう。
あぁお腹が苦しい。
夜に食べ過ぎるのは心苦しい。
苦しい幸せを甘受しながら今日もカロリーを溜め込むのだ。


P.S.
ミッシェル・ブランの店員さんが全員美人だった。
あそこはいい店だ。

2018年1月21日日曜日

金華山探訪紀

金華山を知っているだろうか。
東海圏以外の人に説明すると、岐阜にある山である。
頂上にはかの織田信長の岐阜城(コンクリート製)がそびえていたり、麓の公園はかの板垣退助が襲撃された場所だったり、と意外と話題性のある山である。

名古屋からJRに揺られる事30分ほど、岐阜駅に到着する。
県外とはいうものの、愛知県内の豊橋などよりずっと近い。
見習ってほしい。

岐阜駅からはバスで金華山の麓まで向かう。
4本ほどバスがあるため、とりあえずバス停に向かうが寸前で逃す。
と思ったら隣のバス停にバスが来ている。
ラッキー!と思ってそちらに向かうが、またも寸前で逃す。
どちらかのバス停から乗ろう、と時間を見ていると、先程出たばかりのバス停にバスが来ていた。なんとか駆け足で滑り込んだ。

普段バスに乗らないだけに、バスに戸惑う無様な姿を岐阜人に見せつけるところから岐阜探訪は始まった。

バスにしばらく揺られ、博物館前で下車。210円だった。お得じゃないか。

さっそく登山道に向かおうと思って探すのだが、見つからない。
あまりに見つからないため、ロープウェーのお姉さんに聞きに行く。

「この道をまっすぐいく看板ですぐわかる」
と言われたのだが、その道はいま僕が歩いてきた道だ。
子供叱るな来た道だもの 年寄り笑うな行く道だものではないが、分からなかったので叱られても仕方がない。

仕方ないので来た道を引き返すと、すぐ分かるとは言い難い看板を発見した。
すぐ分からなかったので笑った。

実は前に母に連れられ、「馬の背登山道」を登ったことがあるのだが、率直に言って崖だったので今回は「瞑想の小径」を辿る事にする。

分岐点までがすでにしんどかったので、嫌な予感はしていたのだが、瞑想の小径も十分にきつかった。崖だった。
ところどころに偉人の名言が書いてあるのだが、それを読むたびに足元が疎かになって崖を落ちそうになるので、あれは罠である。注意されたし。

後半30分ほど、「凸凹で一段一段が妙に高い岩でできた」階段を登り続けたため、頂上に着いたあとはしばらく動けなくなった。死ぬかと思った。
板垣死すとも、自由は死せず。僕は死ぬ。人はいつか死ぬ。

なんとか体を持ち上げ、自販機でりんごジュースを買う。
体の細胞ひとつひとつにりんごが染み込んでいくのが分かった。

軽くコンクリート城を見て、ロープウェーを使って麓へ降りた。
元気が残っていなかったのである。
ロープウェーは早い。歳と共に体が衰えるのはもっと早い。

麓の公園内には世界的にも貴重(らしい)である「名和昆虫博物館」がある。
せっかくなのでそちらにも立ち寄った。
壁中に並べられた昆虫標本は圧巻で、いつ行っても素晴らしい空間である。
虫が好きな人も苦手な人も一度行っておいて損はない。
特にモルフォ蝶の壁一面の標本は言葉を失う美しさである。ぜひぜひ。

虫を見たらお腹が空いたので、昼飯にしようと店を探す。
が、なかなか店がない。
岐阜駅に向かう途中に何かあるだろう、と駅に向かってぽつぽつ歩くのだが、何もない。
バーミヤンしかない。ドンキもある。

なかなか店を決められないまま、気づくとJR岐阜駅に帰ってきていた。
駅舎でラーメンを食べて帰った。

やはり岐阜で食べる博多ラーメンは美味かった。

2017年12月22日金曜日

研究室生活

研究室生活を再開してもうすぐ3ヶ月が経過しようとしている。
なんとも変化のない毎日を送っている。ルーティンは楽である。
何もルーティンがないと、毎日起きる時間とやることを考える手間がある。
これはこれで良いのだが、果たして今日一日、自分が何かを行なったのか不安になる。
一方で最近の僕は朝に起きて研究室に行き、夜に帰る生活を続けている。
具体的に言うと、朝7時過ぎに起きて、9時ごろに家を出て、19時ごろに帰宅する。
なんとも褒められた勤労者である。もっと寝ていたい。

とは言うものの、研究室での活動がしっかりしていなければしようがない。
主に研究室で何をしているか、というと論文を読んでいる。
関係のありそうな論文をざっと読み、役に立ちそうなことを1.2ページノートに書いて、次の論文を読む。時々、ノートを読み返しては分からない事を調べる。
この作業を続けた結果、同期から「3ヶ月で大分詳しくなった」とお褒めの言葉を頂いた。
一方で実験をあまりにやっていなかった為、「もっと実験をせよ」と怒られた。

実験となると、どうも面倒である。
僕は細胞を培養しているのだが、実験を行おうと思うと機械を予約しなければならない。
そうなると機械を予約する日から逆算して、実験計画を作る必要がある。
そしてその実験計画に向けて細胞の成長具合を調整しなければならない。
これが果てしなく面倒で、担当教官から「年内か年明け」にやればいいと言われた実験を年明けに投げたせいで、最近はひたすら論文を読む生活を送っていた。
午前中は集中力が高い。
論文を読んでいるうちに昼になるので、机からバナナを出して食べる。
その後に軽く散歩をする。これをしないと午後から全くやる気が出ない。
しかし、散歩をしても集中できるのはせいぜい15時くらいまでで、そこからは目が疲れて集中できなくなる。なのでこの時間くらいからはルーティンの作業をしたりする。その後、夕方になるとYouTubeを見たりし始める。

どうも夕方から夜にかけての時間帯が一番目の疲れが出るようで、家に帰ってからは割と元気にごろごろしている。今も元気にごろごろしている。
来年は実験をちゃんとやろう。

2017年12月18日月曜日

郵便局

思えば父に頼まれごとをしたのが間違いだったのだ。
「散歩ついでに郵便局に行ってきてほしい」とかなんとか。
夕食後にごろごろしているところに言われたので面倒ではあったが、帰りにコーラでも買ってこようと思い、家を出た。

今日は寒いことには寒いが、風がそれほどないのでまぁ歩けないこともない。
歩いているうちに体も温まるだろう、などと考えて川沿いをぽつぽつと歩く。

暖かい時期ならば川沿いの散歩道には、この時間でも何人か歩いている人もいるものだが、とんと寒くなった今日この頃においては、僕を除いて他に人の姿は見えなかった。
「暖かければなぁ」と思っては、横目に猫などを茂みに探すが、毛玉の一つも転がってはいない。

散歩道は暗いが、オレンジ色の街灯が縄張りを持って等間隔に並んでいる。
オレンジ色に顔が照らされる、暗闇に漬けられる、また照らされる、漬けられる。
なんとなく美容に効果でもある気がして来る。
そんなことを考えているうちに郵便局が見えてきた。

なんなのだろうか。入った途端に肩を落とす。
郵便局にはすでに10人近い人間が列をなしている。
みんな暇なのだろうか。
いや、忙しいからこんな時間に郵便局に並んでいるのだろうか。

客は多いが局員はその半分もいない。
このまま客が待ち列の長さに憤って暴動を起こしたら郵便局はすぐに制圧されるだろう。
と思い心配になる。
心配になりながらこの文章を打っているので、乱文などは許して欲しい。

もし明日になっても消息がなければ、僕は郵便局の暴動に巻き込まれて、革命の勇として郵便局に立てこもっていると考えてもらって相違ない。

2017年12月17日日曜日

休日の成果

今日は休日であった。
休日というのは不思議なもので、ゆっくりしようと思った時に限って予定が入って来て、何か行動しようと思った時に限って何もしないうちに夜が来る。

とりあえず前の記事で宣言したように、朝は7時のアラームで目が覚めた。
何も用事がないのに7時から目覚めるとは、なんと自分を褒めようか。
これは規則正しい生活への第一歩だと心の中で勝利のポーズを取る。
そうしながら布団の中でアラームを止め、Twitterを開く。

その瞬間、僕は時空を飛んだ。
原因は分からないが、何か時空の裂け目に巻き込まれたか、布団の温もりに巻き込まれたのだと考えられる。
気がつくと時計は8時を回っていた。半分くらい回っていた。

このままでは再び裂け目に巻き込まれかねないため、急いで布団を抜け出す。暖かい布団が別れの寂しさからか、へたへたと崩れ落ちる。後ろ髪を引かれる思いとはこういう時に使うのだろう。
リビングに行く。ちょうど出かけるところだった母に窓の結露を取る仕事を託される。
その前に何か空き腹に入れようと思ったところ、机の上に3本入りのみたらし団子が1本だけ残されていた。昨日見た時は2本だったが、僕が1本食べた後に確認したら、残り1本に減っていた。「朝まで残っていたので食べても良いだろう」と推理して、最後の1本を食べる。
辛い思いも特にないのに(強いて言えば布団への回帰願望だけ)、団子が喉をなかなか通らなかったので冷蔵庫にあったゼロカロリーコーラで流し込む。
こういう時にゼロカロリーコーラは液体なので便利である。みんなも冷蔵庫に一本常備しておくと急な窒息死の危機にも対応できる。

団子が喉元を過ぎたので、熱いシャワーを浴びる。
適当な服を着て、適当に読みたい本を持って外に出た。
家を出ようか迷っていると、どんどん外出しようという思いが減衰していく。それを恐れ、特に用事もないのに家を出た。
しかし困った。特に用事がない。
仕方がないので、なんとなく栄に向かう。
別に栄に用事もなかったため、なんとなく久屋大通で降り、改札の目の前にあるロッテリアでコーヒーを注文した。
ちびちびとブレンドを飲みながら、持ってきた本をぺらぺらとする。
すぐ近くにあったので『食べる人類誌』を持ってきた。
時々思い出したように紙にメモをして、またぺらぺらを続けていく。

そんなこんなで時間が経ち、お昼が近くなったためだろうか、気がつくと異国の言葉を話す人々に僕の席が取り囲まれていた。
昼時にコーヒーで長居するのも申し訳ないと思い、本を閉じカバンにしまう。
さて、行くあてもない。仕方ないからブックオフに向かった。

ブックオフでは本を一冊も手に取らず、ずっと中古家電と中古玩具を見ていた。
「こうなってくると、ブックオフだかリサイクルショップだか分からんな」と思ったが、そういえば自分はリサイクルショップが大好きだったと思い出した。
よくわからないボードゲームがあったので買ってみる。
『Ultimate Golf』というゲームで、グーグルしたが日本語のレビューは見つからなかった。リサイクルショップはこういう宝探し感があって良い。
こうして家によく分からないものが増えていく。

荷物が重くなったので一度帰宅。
YouTubeを見たり本を読んだりカレーを食べたりしてるうちに夕方になる。
彼女から仕事終了の連絡を受け、再び栄に向かう。
僕は人の服選びを大喜利だと思っている節があり、あれこれ着てるのを見ては色々なものにたとえて楽しんだ(寒中水泳の後の人、弥生人)

その後、スカイルの上のレストランを初めて訪れ、唐揚げを食べ過ぎて口の中を火傷した。急いで食べるから火傷するのだが、急がないと冷めるため、食事とは火傷前提の行為だ。ポテトチップスも食べすぎると口の中が荒れるが、口の中に入れないとポテトチップスを食べられないので、これも口が荒れる前提の行為である。
食とはハイリスク・ハイリターンである。
食によって肥満になったり火傷したり口が荒れたりする一方で、食べれば美味い。

食べたら眠くなったのでほどほどに解散して、地下鉄に乗った。
そして今こんな文章を書いているのだが、そろそろまた時空の裂け目に飲み込まれそうなので、今日はこれくらいで筆を置きたいと思う。

久々(初?)に日記っぽい記事となった。

2017年12月16日土曜日

休日の計画

明日(日曜)はなんの予定もない。
基本的に土日は予定を詰めてしまうので、久々にフルで一人の時間をエンジョイするチャンスである。
だが、しかし予定のない日、というのはどうも活用し難い。

少し長く寝てしまうと、目覚めてごろごろしてるうちに昼になる。
昼になったから、出来合いのもので丼でも作って腹を満たす。
腹が充ち満ちることにより、瞼の皮が下へと引っ張られ再び布団でごろごろする。
そうしているうちにうつらうつらとして、そんなことを繰り返したらいつの間にやら夕方になっている。
家族が帰ってきて夕食を食べ、テレビなど見ながらくつろいでいるうちに夜が更ける。
明日から1週間が始まるから、と言って早めに布団に入るものの、スマートフォンを執拗に触り続け日をまたぐ。

下手をすると休日をこのレールに乗せ一日を終えてしまいがちである。
老人よりも老人らしい生活だ。うちの祖母の方が矍鑠としている。
しかし、読みたい本なども溜まっている。それはもう本棚から溢れんばかりに溜まっている。

というわけで明日は一念発起し、7時くらいに起きて優雅に一日を送ろうと思う。

2017年12月9日土曜日

夜の散歩

夜の散歩をした。
というかやむにやまれず、本山から自宅まで1時間半弱の道のりを歩いた。
時刻は午前2時、丑三つ時のことである。

後輩の家から自分の家の方角へと路地を抜けて行く。
坂道を登るのを避けるように道を選んだことが災いし、気がつくと丑三つ時に墓地のど真ん中を抜ける蛮勇と化していた。
夜の墓地は静かである。というかこの時間は街全体が静かである。
この辺りは墓地が多く、結局しばらくの間、墓地を抜けたり墓地に入ったりを繰り返しながら家を目指すことに相成った。
特に妖怪幽霊の類に遭遇することもなかったため、こうして文章を書くことができているが、散歩して行く中で一箇所どうしても怖いところがあった。

それは墓地ではなく、墓地を抜けてしばらく住宅街の中を歩いていた時のことだった。
夜の街というのは、昼間とは全く違う街並みに見えるから面白い。
今日はあまり通らない千種の方に抜けていこうと歩いていった。

学校らしい建物の横の道を通って行く。
しばらく学校らしい建物が続き、その隣に見た目のよく似た ているが、会社か病院かそんなような建物があった。
建物の窓から中が見える。
廊下は少し赤みがかった薄暗い蛍光灯で照らされている。
なんだかその建物を見てるうちに、ぞっと怖くなった。
説明は出来ないが、その廊下の感じがひどく不気味であった。
ずっと見ていたら、いつしか建物の中に入り込みそうな、そんな雰囲気があった。

それからも怪しいおばさんや、猫トラップを回避しながら帰宅した。
昼と姿の違う街を楽しむは夜の散歩の醍醐味でもあるが、なんとなくあそこの建物はもう見たくないと思う。

2017年11月6日月曜日

通信制限

通信制限になった。
11月が始まって2日目の事である。
我が目を疑ったが、確かに今月の通信量が6GBを超えていた。
正確には初日の通信量が6Gであった。

普段遊んでいたアプリゲームは通信をほとんどしない。
それと同じ調子で新しいゲームを始めたところ、どうやら「結構通信しちゃうゲーム」だったらしい。謀られた。ギガが減ってしまった。
いくら自身のふるまいを恥じてみたところで、我がギガが戻ってくるわけではない。

通信制限にかかると何が困るか。
それは至極単純である。Twitterが出来ない。
バズりまくってRT数もファボ数も激しいツイートの画像が表示されない。
ツイートの内容から画像の内容を推測しながら数分待ってようやく画像が表示される。
嬉々として画像を拡大するも、完全には読み込めていなかったらしく、画面いっぱいにモザイクが広がる。苦悶である。

知り合いが気になるツイートをしている。見るとリプ数が2になっている。
しかし、通信制限のスマホではリプ欄を見ることは叶わない。
悶々としながら家に帰り確認。すると一連の話は終わっていて完全に機を逃す。

そんな生活をさらに今日からあと25日送らなければならない。
名古屋の街では十分なWifiは全く期待できない。
地下鉄や店舗のWi-Fiは繋がない方がマシなくらいだ。
休日の外出はしばらく出来なさそうである。

2017年11月3日金曜日

知恩寺古書市収穫祭

京都は知恩寺で開催された古書市で買ってきた本を紹介する。
今日はそういう日だからご了承を願おう。


《食べ物系》
ゴマの来た道(1986)
エビと日本人(1988)
世界の魚食文化考(1991)
アユと日本人(1992)
日本人のひるめし(2001)
バナナと日本人(2006)

《動物系》
日本人の骨(1963)
サルの赤ちゃん(1964)
進化論の歴史(1969)
パンツをはいたサル(1984)
サルはなぜ群れるのか(1990)
自然保護という思想(1994)
人間はどこまで動物か(1994)
いのちとリズム(1994)
分子生物学入門(2002)

《文系》
かな(1969)
ホモ・モーベンス(1974)
象形文字入門(1978)
詭弁論理学(1980)
噴版 悪魔の辞典(1986)
コミュニケーション技術(1986)
現代論理学入門(1987)
活字のサーカス(1987)
沖縄の歴史と文化(1987)
人はいかに学ぶか(1989)
シャーロック・ホームズの履歴書(1989)
激動の東欧史(1990)
私のロマンと科学(1990)
日本文学史(1990)
インドの大地で(1991)
シャーロック・ホームズ鑑賞学入門(1992)
リンボウ先生偏屈読書録(1995)
旅行のススメ(1996)
芸人(1997)
文化人類学入門(1997)
吟醸酒への招待(1997)
現代たばこ戦争(1999)
童話の国 イギリス(2001)
アメリカ 過去と現在の間(2004)
まともな人(2004)
世にも美しい日本語入門(2006)
老いていくアジア(2008)
ブラジルの流儀(2011)

以上43冊である。
しばらくは読む本に困らなさそうだ。

2016年8月30日火曜日

小さな秋が見つからない

お久しぶりです、ジャネイロです。

今日は久々に大学に行ったあと、熱田神宮を参ってきました。

遅くなりましたが、前に行った時の願いは無事叶ったのでそれのお礼をして、また新しくお願いをしてきました。

その後は神宮近くの和紙専門店「紙の温度」に行ってブックカバーを見てきました。本好きアピをしまくってるのに誰もブックカバーをくれないので、誰かブックカバーを下さい、お願いします。
それは置いといても、今度行った時にはブックカバーを一つ買おうと決めました。

その後はぶらぶらと散歩。
天気が良すぎて秋を感じました。

明日も特に予定はないので、晴れたら散歩でもしようかと思います。じじいかよ。

追伸 : 「じじい」の予想検索で「祖父」が出るのはどうかと思いますiPhone 。