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2018年2月26日月曜日

早寝早起きをするための「仕方ない」思考

名古屋を覆っていた「今にも死にそうな寒さ」は心なしか和らぎ、「しばらくしたら死にそうな寒さ」くらいになってきた。
布団に包まりがちの皆様においては、いかがお過ごしだろうか。

最近、なんとなく自分の中で早寝早起きがマイブームになっている。
考えてみると、人は小学校の頃から中学高校大学に至るまで「早寝早起き」を標語にしているような気がする。
そして標語にしている割には、年を取るにつれて早寝早起きを達成するのが難しくなっていく。
そして会社員などに運よく就職できた者から再び会社のリズムに合わせた早寝早起き生活に戻っていくのである。

ただ、人のちょうどいい活動時間帯、というのは個人差がある。
朝がどうしても無理だが、深夜帯はばりばり働けるぜ!、という人は自分の無理のない時間帯に活動すればいいと思う。
ただ、一応自分も体内時計を研究している身であるため、「朝起きて夜寝る生活が体にいいですよ」ということは言っておかなければならない。
昼夜逆転を続けていると生活習慣病(糖尿病、肥満、心不全)にかかるリスクが上がるらしい。まぁ気を付けてほしい。メンもヘラりやすい。

さて、それで僕がなぜ早寝早起きをしたいかであるが、よもや健康のためと思ってくれるな。僕の中に流れるパンクスの血は、そんな甘っちょろい理由で早寝早起きすることを許しはしない。
以下に早寝早起きを目指す理由を羅列する。

・同じ睡眠時間でも早く寝た方が疲れが取れる(気がする)
(プラシーボかもしれないが、体をメンテナンスする成長ホルモンは22時~0時ごろに多いらしいから、本当かもしれない)

・14時を過ぎると集中力が尋常じゃなく下がる。頭を使う(割りに大好きと言い難い)作業は午前でないと手につかない。

・研究室から早く帰りたい。
(コアタイムは10-17時だが、先に帰るのは周りの目が気になる。気にする必要はないのだが、何となくストレスであるため、周りより早く来ることで早く帰る時の心理的ストレスを減らしたい)

・夜になるとメンタルがヘラる
(おそらく夜になると副交感神経が優位になるため、自己防衛反応からすべてを破壊したい厨二的衝動とニヒリズムがマッハ)

などなどである。
他にもあるが、要は「早寝早起きの方が(僕は)全体的に生活のストレスが低い」という結論に至ったためである。

だが、この早寝早起きというのが難しい。
ほんの少しのことで計画が崩れがちである。

布団に入ってスマートホンをいじっていると、そろそろ寝なきゃなーと思いながら1,2時間はすぐに経ってしまうし、朝の布団ほど気持ちの良いものはないのである。

こうした問題への対処であるが、僕は「仕方がない」と思うようにしている。
タイトルにもビジネス新書風に『「仕方ない」思考』というしょうもない表題が付けてある。

どういうことかというと、
「朝起きられない→僕は意思が弱い→樹海へ行こう」
ではなく、
「朝起きれない→まぁ仕方ないよなー」
と思うようにする、ということである。
潔い諦め思考だ。

だって朝の布団は気持ちいいし、タイマーで目覚めても、またすぐに寝てしまうのは仕方ないではないか。それを責めるのは人間生理を責めることだし不毛である。僕らの体はそうできているのだ。進化を恨め(創造論者は神を恨め)

だが、このままでは早寝早起きが出来ない。
そのため、なんとか頑張らなくても良い方法を試行錯誤しているところである。

≪傾向と対策≫

・夜にスマホをいじって眠れない
布団の中でスマホをやめられないのは仕方がないことである。
なぜなら横になっていると、一般的に人のやる気はだいぶ減る。
たぶん体が「休息」状態、副交感神経寄りになるため、気合を入れることが難しくなる。
仕方がないので充電器を机の上に移し、23時になったらスマホをそちらに移すことにした。

・朝起きて目覚ましを止めてまた寝てしまう
目覚めても布団の中でゆっくりしたら寝てしまうのは仕方がないことである。
だって気持ちがいいもん。
この問題は上の問題の対処で一緒に解決した。
布団からとりあえず出ることには成功したのである。しかし...

・机の上の目覚ましを止めた後にまた布団に戻ってしまう。
冬場は寒い。ゆえに布団に戻る。
これは真理であり、仕方がないことである。
対策として寝る時の衣服を厚めにして靴下も履いて寝ている。


以上が仕方がない現象になんとか立ち向かう僕の雄姿である。

「いや、普通に起きろよ」
と言われるかもしれないが、それが出来たら苦労はしない。単位も落とさない。
だが、少なくとも僕の場合はストレスレスな早寝早起きに少しずつ近づいている。

もし早寝早起きをしたいが出来ない、という方がいたら、樹海に行く前に「まぁ仕方ないよなー」とつぶやいてほしい。日々ツイートしてほしい。
その上で少しずつ早寝早起きに近づいて行って欲しい。

上に示した対策は「僕がストレスを感じない」方法である。
人によってはストレスを感じるかもしれない。
ちょうど良さげな落としどころを見つけていこう。ライフをハックだ。

一朝一夕で早寝早起きはならず!!
一朝一夕で早寝早起きできるあなたは素晴らしい!!
僕に朝食を作って!!!

2018年2月3日土曜日

視線の行方

いつもと同じ道をいつもと同じくらいの時間に歩いて大学へ向かう。
そんな毎日を送っているのは僕だけではないだろう。

しかし、どうも刺激が足りなくないだろうか。
ぼーっと自動運転で自分を目的地に運べるのは楽だが、どうも飽きてしまった。
せっかくなので何か新しいことでもして、日々の繰り返しに刺激を生活に潤いを。

ちょっと駅に行くまでの道を変えてみようか。
多少の変更ならば問題ないかもしれないが、あまりに道を変えると迷いそうな気がする(僕は駅の目と鼻の先に住んでいるので問題ないが)
これで遅刻でもしたら何だか悔しい。

じゃあいつもと違う時間に出てみようか。
しかし、10分やら30分やら早く出たところで朝は朝。
いつもの時間より早く家を出るリーマンがいるだけだ。
リーマンの顔が変わってもさほど面白くない。
どうせみんな同じような顔をしているのだし。

ということで、なかなか上手く変更を加えられない皆様に一つのアドバイスをしたい。
そのために今日の記事は書かれていると言っても過言ではない。

それは「視線」である。
意識していないが、だいたいいつも同じような場所ばかり見ているのが人間だ。
前をぼーっと見ているか、うつむいて顔に陰を作っているか。
ここは視線をちょっと変えてみよう。

ではどこを向けばいいか。
僕がオススメするのは「上」である。
真上、右上、左上といったところだ。

普段歩く道を思い出して欲しい。
右上を見た時の屋根の庇を覚えているだろうか。
左上を見た時の電線のたるみに気づいてるだろうか。
真上を見た時の空の広さが目に入ったことはあるか。

意外と見えていないのが上である。

そして「普段の光景に見えていない部分がある」という実感を得られれば、自然とそういう部分を探し始めるのも人間だ。
ただの通学を宝探しに昇華する、そんな裏技である。
ワザップに投稿しておきたい。

2018年2月1日木曜日

かけ湯依存症

お風呂の醍醐味はなんだろう、とまずは考えてみて欲しい。
長湯して体の奥から温まるのも良し。
温泉ならば薬効などもあって心身ともに健やかになるかもしれない。
リラックス効果も大いに期待できるだろう。
人によっては湯上がりに飲むフルーツ牛乳かもしれない。
(いちご牛乳派はよくわからない。なぜなら僕はフルーツ牛乳派だからだ)

しかし、「入浴」という行為におけるピークはどこかと今一度考えてみて欲しい。
それは「湯船に入った瞬間」ではないだろうか。

特に冬場である。
風呂に入るために脱衣所で服を脱ぐ。
服を裏返したり袖を戻したりなどしている間にどんどん体が冷えていく。
浴室に入り、軽くかけ湯をする。
やれやれようやくだ、そんなことを考えながら湯船に浸かる。

その瞬間は宇宙である。
浴槽に入った熱い湯はまるで母なる海のように冷えた体を包み込んでいく。
自分と湯との境が曖昧になって、自分が消えていく。
あぁ自分とはなんと...なんと矮小な存在だろうか!
もはや感嘆の声をもらさずにはいられない。
僕は「はぁぁぁぁああ」と長めの息を吐く。そういう年なのだ。

とにかく、湯の塊に冷えた体が包まれる瞬間。
この瞬間こそが入浴のピークであると僕は考えている。

そんなことを考えている中で最近一つの発見をした。
体が温まったので湯船から出て体を洗う。
その日はいつものようにシャワーとはいかず、戯れに熱い湯をカランから洗面器に溜めてみた。(念の為に言っておくと、カランは風呂場の蛇口のことである。たぶん)

洗面器から湯を首筋にかける。

その時僕は大いなる発見をした。


なんと、その瞬間こそ、入浴のピークたる瞬間と瓜二つだったではないか!!

つまりは湯船から出ることで多少体の熱が放散した状態で、熱い湯を首筋にかけることにより、湯船に入った瞬間の快感を模倣することが出来る、僕はそういう発見をしたのだ。

これに気がついてからは、洗面器に湯を張って首筋にかけるという行為を必要以上にくりかえすようになってしまった。
厳密に言えば、湯船に入った瞬間よりも「包まれる」面積の少ない分、その刺激は穏やかなものである。
が、しかし首筋に限定してかけることで、感じる刺激がより鮮明なものになり、癖になる快感であるのだ。もう昔には戻れない。

もしかすると、これを繰り返すと体にあまり良くないのでは?
と若干思わなくもないが、気持ちがよいのでこれからも続けていきたい。
ばしゃー

2018年1月30日火曜日

生活を立て直せ~冬v.s.コーヒー~

朝起きる。どうも眠い。まだ体が目覚めていないようだ。
そんなこんなで大学に行く。昼ご飯を食べるが、まだなんとなく眠い気がする。
眠いし夕方くらいに研究室を出て家に帰る。夕食を食べると眠気が襲ってくる。
つまり冬は一日中眠いのだ。
冬眠しようと思う。
~完~


では、なかなか生活していられない。
そもそもなんで冬は眠いのだろうか。
「冬季うつ病」などというのも世の中には存在していて、冬は気分が落ち込む傾向にあるらしい。とても庭を駆け回ってなどいられない。

原因としては「日照量の減少」と聞いたことがある。
確かに朝起きて薄暗いとそれだけで眠い。

あとは気温が低いとか、低気圧がどうこうとか、そういうなんやかんやが関係しているのだと思う。
たぶん副交感神経(リラックスする時のやつ)が優位なんだろう。

僕の中で副交感神経が「おいおい、まだまだ休んだほうがいいぜ」「出かけるなんて危険だ。早く布団に戻れよ」としきりに勧めてくるので、体が思うように起動状態にならないのだろう。副交感神経も僕を守るために勧めてくれているので、むげに扱うのも悪い。
という訳でなんとかここは交感神経に頑張ってもらうことにした。

簡単だが、とりあえず朝食後にコーヒーを飲むことにした。
これで体が起動状態になる。
一日の中で何回かコーヒーに頼るので、薄めのを一杯飲む。

コーヒーだけではまだ足りない、という時もある。冬は強い。とても強い。
そんな時はコーヒーで生まれたエネルギーを利用して、なんとかシャワーを浴びる。
熱いシャワーを浴びると、体の電源が起動した感じがする。

これで朝にしっかり体を起動しておくと、割りと一日は元気が持ったりする。
それでも時間とともに「あー体のエンジンが落ちてきたなー」となったり、そこを飛ばして「もう何もしたくない...」状態にもなるので、そういう時は追いコーヒーである。

しかし、コーヒーも飲み過ぎるとカフェインが効かなくなってくると思う。
一日3杯くらいを限度にしたほうがいいだろう。
そして出来れば薄めにして飲もう。

医学的根拠はある「気がする」だけなので、騙されないように。

2017年12月26日火曜日

僕らが苦手な集団作業

クリスマスが終わって今年もあと僅か。いかがお過ごしだろうか。
僕は今日も今日とて大掃除である。

物の山を整理し、崩していくのは楽しい、というのは昨日の記事に書いた。
それ以外もみんなでわいわいと作業をするのは楽しいものだ。
学園祭の準備から感動要素を抜いた感じだ。楽しくないはずがない。

ただそれは「仕事がある場合」に限られる。
人数の関係上、どうしても全員分の仕事がない時間も生じてくる。
みんなが掃除をしている中で、一人だけ手持ち無沙汰というのも何か気まずい。
そんな訳もあって、皆が皆、我先にと作業についていく。
一方で僕らのような「やれと言えばやるが、別に率先してやりたくもない」存在、具体的に言えば、普段はクラスの隅に座っていて、文化祭では特に仕事を割り振られることもなく、かと言ってぼーっとしていたら、運動部などにサボっていることを責められるような、そんな存在は仕事を取り逃がす。

かと言って周りをぶらぶらしていれば、皆の目が痛いし、サボってどこかへ行っていれば仕事をしていなかったのがバレてしまう。

そういった事態を避けるために、用もなく部屋を行ったり来たりしたり、階段を駆け足で上ったり下ったり、といったルーチンに邁進する事となる。
まるで人生である。
深い意味はない。

大体、みんな急いで取り掛かるほど仕事熱心ならば、仕事を譲った僕には感謝こそすれ、非難するのはおかしい。全く筋が通らないではないか。
などと、いう思いをぐっと飲み込み、今日も一生懸命に階段を上り下りしている。

【一緒に読みたいライフハック】
・没入

2017年12月25日月曜日

大掃除

クリスマスイブとクリスマスが過ぎ去ろうしている、いかがお過ごしだろうか。
僕は両日とも大掃除をした。
もっと言えば明日もする。やり過ぎだ。

しかし、実際のところ大掃除というのは楽しい。
正確には大掃除というよりも、山のような荷物の整理が楽しい。

自分の部屋で一人ぽつぽつとやっているのは、気が散りやすいし捗らない。
これはそんなに楽しくない。大体何があるかも分かっているものである。
やはり楽しいのは、人の家や仕事場などの整理である。

荷物が積もり積もった山を崩し、一つずつ捨てるかどうかを決めていく。
ゴミを捨てるたびに部屋にスペースが生まれていくのは爽快感がある。
山からはひょっこりひょっこりと次から次に知らないものが飛び出してくる。
それを家主と選抜していく。
物によっては家主が思い出などを語ってくれて、これもまた一興である。

そしてもう一つの醍醐味はゴミ漁りである。
家主が「もういらない」とゴミ認定した中に、ちょっと良いものがある。
大昔のキャラクター文具や、よくわからないチラシ、誰のものかわからないエトセトラ。
こうした物をいくつか失敬していくのが楽しい。
これはまさに宝探しである。

今日は研究室の大掃除をした。
そして捨てられる寸前のブタ(のぬいぐるみ)に情が移り、連れて帰ってきた。
このブタは洗濯機に投げ込まれ、その後僕の家で暮らしていくこととなる。

大掃除をしたいなー、と思っているみなさんは、是非友人などを招いて行って欲しい。
最後に飲み会などやるとモアベターである。


【合わせて読みたいライフハック】
・没入

2017年12月21日木曜日

ダイエット

おそらくこのブログを読んでいる人は、普段から痩せたいと思っている体型の人だと思う。今この瞬間も、片手はポテトチップスの袋の中で油にまみれ、てかてかになっていることだろう。

何を隠そう、僕もダイエットに何度も取り組んだことがある。言うなればダイエットのベテランである。熟練者らしく、痩せては太り、痩せては太りを繰り返している。
僕の体重を縦軸に、時間を横軸にとった場合、心電図のごとき振動を見せることは想像に難くない。

だが、実際に10kgの減量に成功したこともあるし、最近も5kgほど痩せたのだ。

僕が実践したのはレコーディングダイエットである。
つまりは摂取したカロリーと消費したカロリーを記録する、というダイエットである。
朝、朝食前に体重を計る。
体重、そして食べた物をアプリに記録していく(僕は「あすけん」を利用していた)
最初に目標体重を設定することで、1日の摂取カロリーと消費カロリーの目標が提示される。あとはそれを達成するだけである。

これは実に簡単なダイエットである。
実際、これで大幅な減量に成功したのだが、大きなデメリットが潜んでいたのだ。

それは、
「寒くなってくると体重を計るのが辛い」
ということである。

「朝に体重を計る」というのがこのダイエットの肝である。
朝の体重を見ることで、1日のモチベーションが維持される。
しかし、冬になってくると寒くて体重を計ってなどいられない。
薄着になるのがそもそも無理である。
結果、高カロリーの物を食い漁り、アザラシのごとく肥え、とてもレコーディングを続けられなくなる。アザラシの前足はひれだからだ。スマホが操作できない。

その結果、僕は「夏に体重を減らし、冬に体重を蓄え、冬眠に備える」という体重の年周リズムを示しながら生活をしている。
みんなも暖かくなったらレコーディングダイエットに挑戦して欲しい。
手に持っているポテトチップスにはコーラが合うから一緒に飲んで欲しい。


P.S.
この記事を書きながら、「もしかして温かい部屋に体重計を持っていけばいいのでは?」という気づきを得た。試してみたい。


一緒に読みたいライフハック
・没入

2017年12月13日水曜日

没入

最近になって思ったのだが、楽しいイベントに参加することよりも、イベントを楽しむことの方が簡単である。
逆に、楽しくないイベントとは自分が楽しんでいないイベントなのではないか。

とここまで読んだところで、「今日もただの言葉遊びかよ」と思った方がいるだろう。
安心してほしい。僕も書いた文章を読んで「今日もただの言葉遊びかよ」と思った。

しかし、余程合わない(生理的に無理、許容出来ない内容、宗教的教義に反する)のでない限り楽しんでしまった方が良いと思う。
なぜなら、単純にお得だからである。
なんだか今日はライフハックになるかもしれないから、最後まで読んだ方が良いと思う。
なぜなら、単純にお得だからである。

誤解を恐れるので初めに言っておくが、「つまらない」イベントに参加したのはしばらくのところない。どれも楽しいイベントであったが、それに振りかけるスパイスだと思って読んでほしい。こうして保険を掛ければ糾弾されないと学校で教わった。

まず、「楽しもう」とするのに特別気合を入れて頑張る必要はないと思う。
ただ、「少し大げさにやる」だけでいいのだ。
「拍手をいつもより少し強めにやってみる」とか「普段は言わないけど今日は少し歓声をあげてみる」とか「いつもより数ミリ口角を上げてみる」とかそんなくらいで良い。
これは一種の「儀式」であり、イベントという非日常空間に入り込むスイッチなのだ。

完全に個人的な話になるが、ライブでは軽くリズムに乗りながら聴いているのが好きだ。
ただじっと座って聞いているよりも、少し揺れていた方が、自分もメンバーの一人として音楽を作っているような没入感がある。
これはライブに限った話ではない。
イベントは主催者だけではなく、観客も(ある程度)一緒に作っていくものなのだ。
そうすることでイベント自体もより盛り上がるし、イベントが終わった時に観客側にも達成感が残ると思う。
なお、これは個人の意見であるので糾弾するのは避けてほしい。

ちなみに、「少し大げさにやる」の「少し」の部分は重要である。
この儀式を激しくやりすぎるのはやめた方が良い。
なぜなら、単純に嫌われるからである。
不自然な程に度の過ぎた煽りやコールは「イベントの私物化」である。
イベントはあくまで「主催者と観客」で作るものであり、誰か個人のためにあるのではない、という事を謙虚にいつも心においておきたい。

最後になるが、今度ライブなどイベントに参加することがあれば、是非「少しだけ」イベントのビートに乗ってみることをお奨めする。
なぜなら、単純に楽しいからだ。


【合わせて読みたいライフハック】
・大掃除

2017年11月7日火曜日

欠席理由

まず最初に謝罪から入らせて頂きます。
私が午前の講義を欠席してしまったことを申し訳なく思っております。
しかし、それにはやむにやまれぬ理由があったことをここに申し開きさせて頂きたいのです。

まず一限でありますが、これは健康に十分な睡眠を取った結果であるため仕方ないのです。
もし、私が健康を犠牲にしてまで講義に間に合う時間に起きていたとしましょう。
虚ろな目で重い身体を引きずり学校へと向かう私。前後不覚にふらつく足取りでは、もしかすると、いや必ずや大きな事故を招いていたであろうことは想像に難くないでしょう。
そもそも何故早く眠りにつかなかったのか、と疑問に思い、あまつさえ私の行いを責める声も上がるでしょう。しかしそれは無知が故である以上、私は寛大な心で受け入れる用意がございます。
私が眠れなかったのは、何を隠そう一限に期待する心の大きすぎたためなのです。
学業へかける強い想いは私の目を爛々と輝かせ、遠足の前日の子供がごとく私のまぶたの閉じる機会を奪ってゆき、結果一限への出席が叶わなかったというのは、なんとも皮肉な話ではないでしょうか。
ここまで聞いた上で私を責めるような、そんな暴虐な行いが出来る人間などいますか(反語)

では二限には何故来なかったと、あなたはそうおっしゃりたい。分かります。
ならば、ここでその事由の一部始終を徹頭徹尾お伝えするしかないでしょう。
安全に登校出来るだけの睡眠を獲得した私が目覚めたのは、惜しくも二限に少しばかり間に合わないような時刻でした。
ならば、遅刻してでも出席出来ただろうと、あなたはそあおっしゃりたい。それも分かっていますよ。
しかし、これにもれっきとした考えあってのことなのだ。
二限が始まっている教室、熱い講義が繰り広げられ、受講生の目は黒板へと釘付けになり、頭の中には極彩色に学問の世界を描き始めていることでしょう。
そこに、なんとも不躾に私が遅れて入ってくる。
熱され膨張していた空気は急激に冷やされて萎み、窓には結露がしたたります。
受講生の目は私をチラと見た後にスマートフォンへと移行し、頭の中の学問の世界からは色が失われ、灰色の瓦礫となって崩れゆくのです。
あぁ、そんな残酷なことが私にどうして出来ましょうか。
いくら致し方ない理由によって遅刻することになったといえ、多くの人間が築いた美しい世界に亀裂を入れるような行いが許されようもありません。
だからこそ私には二限の講義を敬して遠ざける以外の選択肢がなかったのです。
学問への敬意ゆえの欠席であったことは皆様の心に刻んで頂きたいのです。

以上の理由から私は午前の授業をやむなく欠席するに至ったわけです。
ではなぜ、三、四限にも来なかったか、という問いが立てられるでしょう。
それはここまでの話を聞いた聡き皆様におかれましては、あえて説明するまでもないことです。全ては自然と導かれるはずです。

ここから先は自分の目で確かめてくれ!