「まぁつまりはそんな顛末なんだよ」
僕は一息つくようにそう言った。
昼ごはん時を半刻ほど過ぎた店内には僕と主人だけがいた。
といっても、この店はいつ来てもそれほど客もいないのだが。
「なんとも難儀な方ですね」
主人はぴんと張ったひげをなでながら、やさしく呟いた。
サービスで出してくれた特製のブレンドコーヒーが二人の間に湯気を上げる。
「つまり、つまりあなたは生きる事を恐れている」
主人の黄色い眼には僕とコーヒーが映っている。
「周りの人が怖いとおっしゃいましたが」
主人は尖った爪でひげを弾きながら続けた
「あなたが恐れているのは自分自身ではありませんか」
僕は虚を突かれたように、もしくはそんな風を装って言った
「自分自身だって?」
テーブルに置いたコーヒーの湯気が眼鏡を曇らした
「なんで、一体なんでまた、自分を怖がらなきゃならないんだい?」
主人の黄色い目がこちらを見つめる。弓なりの瞳は三日月のようだった。
「あなたは自分に御自信がない。自分の生活に、自分の環境に、自分の心に」
「こころに自信がない、ね。確かにそうかもしれない。」
僕は少し納得したように、もしくはそんな風を装ってそういった。
思いあたる節がなかったわけでもないし、薄々感じていたのかもしれない。
「あなたが今すべきことは、あなた御自身を信じてあげる事なのかもしれませんよ」
主人はそういうと厨房の方へ顔を向け、思い出したかのようにそちらへと歩いて行った。
「自分を信じるねぇ」
僕はぽつりとそういうと、コーヒーを一口すすった。
どこか南国の豆を使っているらしい。少し海の匂いがした。
「それから」
主人はいまちょうど厨房から持ってきたであろう小箱を机にのせた。
「もう一服することですね。今日はケーキも出しましょう。」
小箱の中にはチョコレートケーキが入っていた。
主人と同じく温かみのある黒色をしたケーキだった。
(つづく)
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