「やる気をふり回せ、ですか。彼の言いそうなセリフですね。」
主人はフライパンを振りながら答える。
フライパンの中では、ピーマンの緑や玉ねぎの飴色で飾られた、オレンジ色のナポリタンが踊っていた。
「いつもどおりの知ったふりだけどさ。」
僕はグラスに注がれた水をコクっと飲むと続けた。
レモンがつけてあるおかげで、水からは夏の香りがした。
「なんともね。僕もなんだか納得してしまったんだよ。」
お昼時の店内。相変わらずお客の姿はほとんどない。
キッチンが見えるように供えられたカウンターでナポリタンを注文した僕は、昨晩にナイトカフェで聞いたことを主人に話していた。
『やる気にふり回されるな、やる気をふり回せ』
たしかに彼の言う通りかもしれない。やるべきことをやるのにやる気なんて関係ないのかもしれない。
でも、だったら
「あなたはまた恐れているんですね」
主人が仕上げにパセリを、ぱっぱっ、とナポリタンにかけるとそう言った。
僕は少しびくっとした。心が見透かされた気がした。いつも隠している心が。
「自分のやる気に関係なく体を動かす、仕事を行う。
そうやって自分を動かすことが、自分をないがしろにしてしまうんではないかと。
自分の感情を捨ててしまうのではないかと、恐れていらっしゃる」
ナポリタンがお皿に盛られて運ばれてきた。
お皿のまっ白が、ナポリタンのオレンジをよりいっそう燃え上がらせていた。
「そんなもんかね」
僕は誤魔化すようにそう言って、ナフキンをつけた。
「ですがね」
主人がフォークとスプーンを運びながら、優しく続けた。
「人というのはそんなにやわなものではありませんよ。もちろんあなただって。」
主人が一仕事終えたように椅子に座る。
「少しばかり無理に動かしたって、あなたの気持ちがどこかへ消えてなくなるなんてことがあるでしょ
うか。前も言いましたが」
そうしてこちらをじっと見た。
「自分を信じておあげなさい」
そういうと主人は少し微笑むと、ふわぁーっと大きなあくびをした。
(つづく)
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