2017年12月31日日曜日

2017年まとめ

2017年も残すところ数か月、となったところからブログのほぼ毎日更新を始めた。
せっかくなのでここ数ヶ月の記事の中で、僕自ら気に入っている記事を紹介だけしておきたいと思う。

【食べ物系】
クワイ
君はクワイを知っているか。

卵かけご飯
TKG予想

ルートビア
読むとルートビアが飲みたくなる。

【小説(2つしかないが)】
鏡ヶ池

勤労感謝祭

来年はもっと小説の頻度を上げたいと思う。

【その他】
欠席理由
ビューが多くてやる気が出た最初の記事。

ふいんき
普段よく考えてる言語に関するしょうもない悩み。

夜明け前の藍色
数年前は夜勤バイトもよくやっていたので明け方に歩くことが多かったです。

夜の散歩
深夜に散歩するのはとても楽しい反面、次の日へのダメージが大きい。

没入
初のライフハック記事。ライフハックが増えたら、僕は終わり。


こうして数か月ブログを更新できたのも、普段読んでくれている皆さんのおかげです。
「毎日読んでるよ!」と言って下さる方もいて、嬉しい限りです。
来年はブログはもとより、それ以外でも、もっともっと文章を書いていきたいと思います。

2017年12月29日金曜日

ミュシャはナウかった

松坂屋美術館は思ったほど混んでいなかった。
わざわざ年末を選ばずとも、新しい年を迎えてから来ようと考える客が多いのかもしれない。
そんなことを考えながら、写真撮影用の立看板で律儀に写真撮影をした。

アルフォンソ・ミュシャ。
アール・ヌーヴォー(新しい芸術)を代表する画家の一人である。
チェコ出身の彼はパリで栄光を掴み、晩年はチェコでのスラヴ文化継承に勤しんだ。
かねてからミュシャの作品が気に入っていた僕は、年末の暇を利用して馳せ参じた次第だ。

彼の絵には驚きを感じるばかりだった。
彼の時代で一般的な画風を詳しく知らない上で言うのだが、その作品からはひしひしと新しさを感じた。
魅力的な女性と独特な文様。
自然と女性の美しさが相互に高め合い、現実を超えた神話的な美を感じた。

サラ・ベルナール主演劇の宣伝ポスターも何点も展示されており、僕が一番好きな『メディア』もそこにあった。グッズはなかった。残念。

彼の作品ではないのだが、印象に残っている写真があった。
ミュシャが友人のゴーギャン、マロルドと共に撮った写真だ。


何よりゴーギャンの花帽子が可愛い。パリの小洒落た帽子なのかもしれないが、どうも彼の少し暗めの顔と不釣り合いで可笑しい。
一番右に写っているのは、ゴーギャンの愛人、アンナである。
音声ガイドでは「ジャワ女アンナ」と言っていた。
ゴーギャンの作品のモデルともなっており、その作品名(邦題)が「ジャワ女アンナ」であるから、間違ってはいないのだが、「ジャワ女」という聞きなれないフレーズにまた笑った。

いつか彼の人生とも言える作品『スラヴ叙事詩』を観に行きたい。
日本男ジャネイロがお送りした。

何故に読書

読書をする。
なにゆえに書を読むのか、と聞かれた時のために、ここしばらく答えを考えていた。
せっかくなので僕は「娯楽」と言い切りたいと思う。

ただ「美味しいものが食べたい」や「可愛い女の子とお酒が飲みたい」と同じ感覚で「面白そうな本が読みたい」のである。
本を読んで成功したいとか、本を読んで成長したいなどは二の次三の次である。

しかし、本を読んで何かを学ぼう、という思いがないわけではない。
何かを知り、それが自分の中の別の知識と繋がって網目のようになっていく。
これは非常に気持ちが良い。
美味しいもので適度にお腹を満たすよりも、更に素敵な快感が走る。
ただ、それを何か学業や将来につなげようという思いが、どうも自分にないのである。

本を読んで知識を得て、知識を繋げて、悦に入る。
ここまでが自己完結していて、社会との接点があまりない。
誰かと読んだ本について語り合いたい、という思いも特にない。
語り合ったら楽しいのだろうが、中々そういった機会に恵まれないため、おまけのおまけ程度に考えてしまっている。友達が少ないわけではない、決して。

自分にとって読書とは習慣であり、あるいは脳を調教し、快感が生まれる回路を構築させた結果の行動なのかもしれない。

ところが、最近少し変化が生まれている。
自分の中に溜め込んでいた物を、ふわっと空気を含めて混ぜ合わせ、自分から出していくことを始めた。
その一つがこのブログである。

そうすると、今まで自己完結だった読書に間接的ながらも社会との接点が生まれたような気がする。
人は変換器である。
僕が読んだ本やプレイしたゲームの諸々が、僕という変換器で貌を変えられて、文章となり出力されている。
多少の紙詰まりなどは許して欲しい。

そして来年もまた良ければブログを読んで欲しいのである。

2017年12月27日水曜日

スタートの儀式

前に久しぶりに友達と集まってNintendo 64をやろうか、という事になった。
ゲーム機本体を用意した。
コード類も完璧に揃っている。
カセットもちゃんと準備してある。
コードをつなぎ、ソフトを差し込んだ。

さぁやるぞ!!
となるのだが、ゲームが起動しない。
本体の電源は入っているのだが、ソフトが読み込まれない。
そこから5分超に渡り、原因の検証が始まる。
コードが傷んでいるのではないか?ビデオ1で本当に間違いないのか?白と黄色と赤のコードは正しい場所に挿さっているか?
そして、やはり「カセットの差し具合が問題だ」ということになり、強めに差してみたり、優しく差してみたり、ふーふーしてみたり、と検証が続く。

そして、ついに64のロゴとともにゲームが起動する。
この瞬間、みんなから歓声が上がる。

一連の作業を終えた僕は、しみじみと「懐かしさ」を感じていた。
懐かしい……64はプレイ前にこの儀式があったのだ……

64の発売は1996年である。20年前はみんながこの儀式をしていた。
最終的にはブラウン管テレビの3色コードを挿すところがぐらぐらになり、何かを挟んだりして上手く画面が映るようにするまでがセットであった。
最近の僕といえば、指紋認証でiPhoneを開き、アプリを起動するだけの生活を送っている。
しかしやはりゲームの前にはこの儀式が大切なのではないか。
楽をすると良くない、と宮崎駿も言っていたではないか。

そう思いながら、先日プリンターで印刷をしようとしたら、全くもって上手くいかない。
プリンターにデータが送信されない、紙がつまる、破れると大わらわであった。
最後にはなんとか印刷にこぎつけたが、歓声は上げず、呪詛を吐きつけたのみであった。
機械での苦労は必要ないと実感した。

余談であるが、本日、中古で購入した「ピポサル2001」をプレイしようとしたところ、プレステ2なのにも関わらずディスクを読み込まず苦労した。
年越しまでにクリアしたいところである。


【合わせて読みたいゲームの話】
ちびロボ!
サルゲッチュ

2017年12月26日火曜日

僕らが苦手な集団作業

クリスマスが終わって今年もあと僅か。いかがお過ごしだろうか。
僕は今日も今日とて大掃除である。

物の山を整理し、崩していくのは楽しい、というのは昨日の記事に書いた。
それ以外もみんなでわいわいと作業をするのは楽しいものだ。
学園祭の準備から感動要素を抜いた感じだ。楽しくないはずがない。

ただそれは「仕事がある場合」に限られる。
人数の関係上、どうしても全員分の仕事がない時間も生じてくる。
みんなが掃除をしている中で、一人だけ手持ち無沙汰というのも何か気まずい。
そんな訳もあって、皆が皆、我先にと作業についていく。
一方で僕らのような「やれと言えばやるが、別に率先してやりたくもない」存在、具体的に言えば、普段はクラスの隅に座っていて、文化祭では特に仕事を割り振られることもなく、かと言ってぼーっとしていたら、運動部などにサボっていることを責められるような、そんな存在は仕事を取り逃がす。

かと言って周りをぶらぶらしていれば、皆の目が痛いし、サボってどこかへ行っていれば仕事をしていなかったのがバレてしまう。

そういった事態を避けるために、用もなく部屋を行ったり来たりしたり、階段を駆け足で上ったり下ったり、といったルーチンに邁進する事となる。
まるで人生である。
深い意味はない。

大体、みんな急いで取り掛かるほど仕事熱心ならば、仕事を譲った僕には感謝こそすれ、非難するのはおかしい。全く筋が通らないではないか。
などと、いう思いをぐっと飲み込み、今日も一生懸命に階段を上り下りしている。

【一緒に読みたいライフハック】
没入

2017年12月25日月曜日

大掃除

クリスマスイブとクリスマスが過ぎ去ろうしている、いかがお過ごしだろうか。
僕は両日とも大掃除をした。
もっと言えば明日もする。やり過ぎだ。

しかし、実際のところ大掃除というのは楽しい。
正確には大掃除というよりも、山のような荷物の整理が楽しい。

自分の部屋で一人ぽつぽつとやっているのは、気が散りやすいし捗らない。
これはそんなに楽しくない。大体何があるかも分かっているものである。
やはり楽しいのは、人の家や仕事場などの整理である。

荷物が積もり積もった山を崩し、一つずつ捨てるかどうかを決めていく。
ゴミを捨てるたびに部屋にスペースが生まれていくのは爽快感がある。
山からはひょっこりひょっこりと次から次に知らないものが飛び出してくる。
それを家主と選抜していく。
物によっては家主が思い出などを語ってくれて、これもまた一興である。

そしてもう一つの醍醐味はゴミ漁りである。
家主が「もういらない」とゴミ認定した中に、ちょっと良いものがある。
大昔のキャラクター文具や、よくわからないチラシ、誰のものかわからないエトセトラ。
こうした物をいくつか失敬していくのが楽しい。
これはまさに宝探しである。

今日は研究室の大掃除をした。
そして捨てられる寸前のブタ(のぬいぐるみ)に情が移り、連れて帰ってきた。
このブタは洗濯機に投げ込まれ、その後僕の家で暮らしていくこととなる。

大掃除をしたいなー、と思っているみなさんは、是非友人などを招いて行って欲しい。
最後に飲み会などやるとモアベターである。


【合わせて読みたいライフハック】
没入

2017年12月22日金曜日

研究室生活

研究室生活を再開してもうすぐ3ヶ月が経過しようとしている。
なんとも変化のない毎日を送っている。ルーティンは楽である。
何もルーティンがないと、毎日起きる時間とやることを考える手間がある。
これはこれで良いのだが、果たして今日一日、自分が何かを行なったのか不安になる。
一方で最近の僕は朝に起きて研究室に行き、夜に帰る生活を続けている。
具体的に言うと、朝7時過ぎに起きて、9時ごろに家を出て、19時ごろに帰宅する。
なんとも褒められた勤労者である。もっと寝ていたい。

とは言うものの、研究室での活動がしっかりしていなければしようがない。
主に研究室で何をしているか、というと論文を読んでいる。
関係のありそうな論文をざっと読み、役に立ちそうなことを1.2ページノートに書いて、次の論文を読む。時々、ノートを読み返しては分からない事を調べる。
この作業を続けた結果、同期から「3ヶ月で大分詳しくなった」とお褒めの言葉を頂いた。
一方で実験をあまりにやっていなかった為、「もっと実験をせよ」と怒られた。

実験となると、どうも面倒である。
僕は細胞を培養しているのだが、実験を行おうと思うと機械を予約しなければならない。
そうなると機械を予約する日から逆算して、実験計画を作る必要がある。
そしてその実験計画に向けて細胞の成長具合を調整しなければならない。
これが果てしなく面倒で、担当教官から「年内か年明け」にやればいいと言われた実験を年明けに投げたせいで、最近はひたすら論文を読む生活を送っていた。
午前中は集中力が高い。
論文を読んでいるうちに昼になるので、机からバナナを出して食べる。
その後に軽く散歩をする。これをしないと午後から全くやる気が出ない。
しかし、散歩をしても集中できるのはせいぜい15時くらいまでで、そこからは目が疲れて集中できなくなる。なのでこの時間くらいからはルーティンの作業をしたりする。その後、夕方になるとYouTubeを見たりし始める。

どうも夕方から夜にかけての時間帯が一番目の疲れが出るようで、家に帰ってからは割と元気にごろごろしている。今も元気にごろごろしている。
来年は実験をちゃんとやろう。

2017年12月21日木曜日

ダイエット

おそらくこのブログを読んでいる人は、普段から痩せたいと思っている体型の人だと思う。今この瞬間も、片手はポテトチップスの袋の中で油にまみれ、てかてかになっていることだろう。

何を隠そう、僕もダイエットに何度も取り組んだことがある。言うなればダイエットのベテランである。熟練者らしく、痩せては太り、痩せては太りを繰り返している。
僕の体重を縦軸に、時間を横軸にとった場合、心電図のごとき振動を見せることは想像に難くない。

だが、実際に10kgの減量に成功したこともあるし、最近も5kgほど痩せたのだ。

僕が実践したのはレコーディングダイエットである。
つまりは摂取したカロリーと消費したカロリーを記録する、というダイエットである。
朝、朝食前に体重を計る。
体重、そして食べた物をアプリに記録していく(僕は「あすけん」を利用していた)
最初に目標体重を設定することで、1日の摂取カロリーと消費カロリーの目標が提示される。あとはそれを達成するだけである。

これは実に簡単なダイエットである。
実際、これで大幅な減量に成功したのだが、大きなデメリットが潜んでいたのだ。

それは、
「寒くなってくると体重を計るのが辛い」
ということである。

「朝に体重を計る」というのがこのダイエットの肝である。
朝の体重を見ることで、1日のモチベーションが維持される。
しかし、冬になってくると寒くて体重を計ってなどいられない。
薄着になるのがそもそも無理である。
結果、高カロリーの物を食い漁り、アザラシのごとく肥え、とてもレコーディングを続けられなくなる。アザラシの前足はひれだからだ。スマホが操作できない。

その結果、僕は「夏に体重を減らし、冬に体重を蓄え、冬眠に備える」という体重の年周リズムを示しながら生活をしている。
みんなも暖かくなったらレコーディングダイエットに挑戦して欲しい。
手に持っているポテトチップスにはコーラが合うから一緒に飲んで欲しい。


P.S.
この記事を書きながら、「もしかして温かい部屋に体重計を持っていけばいいのでは?」という気づきを得た。試してみたい。


一緒に読みたいライフハック
没入

2017年12月20日水曜日

ルートビア

当初は「炭酸飲料」、もしくは「人を選ぶ食べ物」というタイトルをつけようと思ったのだが、とても一度に読める文量に収まらないだろう、ということで「ルートビア」とした。

そもそもルートビアを飲んだことがある人はどれほどいるだろうか。
学生生協では毎年「沖縄フェア」なるイベントが開かれる。
ルートビアはそこに必ず並んでいるため、祭り好きの学生諸君は知っているかもしれない。
そして、そこに並んでいる、という事象から「沖縄に関連のある飲料なのだろう」という予測もつくと思う。

茶色い缶に大きく「A&W」のロゴ。
そして商品名は「ルートビア」

どうもぱっと見で得られる情報が少ない。
現に初めて見た人達からは「ビールなのか」という質問もよく出る。
しかし、これはれっきとした清涼飲料水である。
もし、何かの系列に並べよ、と言われたならば、僕はコーラの系統に含めても良いのではないかと思う。これは諸説あると思う。

「A&W」とはアメリカを中心に展開するレストランチェーンである。
そしてアメリカだけでなく、沖縄にも店舗を展開している。
那覇空港にもA&Wの店舗があり、沖縄に行った際は必ずそこでハンバーガーを食べていた。(最近は沖縄自体行っていない)
アメリカの店舗を知らないからなのか、僕にはレストランチェーンよりもハンバーガーショップのイメージが強い。

余談だが「恋物語」で戦場ヶ原と貝木が会話をしてる最中に描かれた那覇空港は懐かしかった。沖縄を描かずに那覇空港だけを描くのは渋く美しい。
余談終わり。

これで沖縄フェアと「A&W」の繋がりが分かったと思う。
さて、その「A&W」に行くとジョッキで頼めるのがルートビアである。
しかもこのルートビア、ジョッキで何回でもおかわり自由である。最高か。

つまり「A&W」ルートビアとは、A&Wが自社ブランドとして発売しているルートビアのことである。
この言い方が引っかかった方もいるかもしれない。
「まるでA&Wブランドじゃないルートビアがあるみたいじゃないか!」と思うかもしれないが、実際にあるのでこういう言い方をしている。
日本でたまに見かけるのはDad’sのルートビアである。味はほぼ同じ。

ここまで来た、ようやく味の話が出来る。
ネタバレになるので、先入観なく飲みたい人は、週末にビレッジバンガードなどで購入し、飲んでから読んでほしい。

ルートビアの味を一言で言うと「湿布」である。
より詳しく言うと甘い湿布である。湿布シロップの炭酸割りである。
味は甘いのだが、湿布の香りがとても強く、無視するのは不可能である。
しかし、癖のある食事に通ずることであるが、慣れるとそれが癖になる。

ルートビア、あぁルートビア、ルートビア。
と沖縄を訪れた芭蕉も詠んでいる。
さぁ、ルートビアを飲もう!一口飲めば、頭の中は沖縄一色だ!
本来はアメリカの飲み物だが。


P.S.
最近ルートビアの仲間である「黒松沙土」を飲んだ。
読み方が分からないが、僕は「サード黒松」と呼んでいる。隠し球が上手い。
ルートビアに薄いフルーツジュースを混ぜたような不気味な味だった。
また飲みたい


一緒に読みたい食べ物の話
・クワイ
・卵かけご飯

2017年12月19日火曜日

卵かけご飯

こだわりがあるかないか、で言えばこだわりのない人間ではない、と思う。
寝る時にどこから光が漏れていれば気になるし、ボールペンはなるべくsignoのキャップ式以外は使いたくない。
その一方で、3日間同じ服を着ていても気にならないし、3食4食カレーが続いても全く問題ない。カレーの場合はむしろ嬉しい。6食9食続いてもいい。

こだわりというのはなるべく持たない方が生きやすいに違いない。
目玉焼きが出された時に醤油だのソースだのいちいち注文をつけたりする必要もない。
さらに「料理店は必ずソースも一緒に出すべきだ」というような、はた迷惑なこだわりを持っている人は、ソースが出てこないたびにイライラするだろう。
その点、僕は目玉焼きなら醤油でもソースでも塩コショウでもなんでも良いため、ストレスレスに黄身と白身をつるっといける。黄身は半熟が良い。

一方で、こだわりが全くなければ、生き方に筋が無いように感じる。
こだわりとは「美学」である。
美学を持った人間は美しい。角度にもよるが。
僕は余分なこだわりが贅肉のようについているので、いささか不健康である。
しかし、贅肉だっていくらかは必要なのだ、とうそぶいてみる。
マシュマロ男子万歳。

ところで、料理へのこだわり、となるとまた話が混雑する。
大体、多くの人は料理をしないし、食に関してもそれほどこだわりがない。
しかし、というべきか、故に、というべきか単純な「料理」に関しては色々と紛糾することとなる。
つまり「卵かけご飯をどう作るか」である。

「卵の白身は分けるべきだ」という隔離主義者がいれば、「卵の白身と黄身をよく混ぜるべきだ」という同和主義者や、「卵の白身と黄身を混ぜ過ぎないべきだ」という多文化主義者がいる。
(白身だけ固まるくらいにレンチンすべきだというグルメ気取りもいる)

その他、「卵を直接ご飯の上で割る」「卵は小鉢で醤油と混ぜる」「小鉢で混ぜるが醤油は卵をご飯にかけてからかける」などなど、細分化されている。

一見こだわりがなさそうな人が、卵かけご飯に関しては熱く持論を展開するから面白い。
見た目からその人が「どんな卵かけご飯を作るのか」を予想するのはとても難しく、世界中の学者が頭を悩ませている。(これをTKG予想と言う)

これは海外でも同じなのだろうか。
アメリカではトーストに何を塗るかで喧々囂々の騒ぎとなり、イタリアではパスタに何をいれるかでみなが侃々諤々であろう。

最近、TKG予想がついに解かれたとの報道が世を賑わしている。
AIが顔写真から卵かけご飯の作り方を予測する日も近い。


追伸:
余談になるが、僕の卵かけご飯の作り方は「ごはんに醤油をぶっかけ、上に卵を落として軽く混ぜる」やつである。
また、僕の一番好きなトーストは「スキッピーのクランチピーナッツバターを厚塗りして、上からブルーベリージャムをいっぱい塗る」やつである。
後学に活かして頂きたい。

せっかくだから食べ物つながりで一緒に読む→「クワイ」

2017年12月18日月曜日

郵便局

思えば父に頼まれごとをしたのが間違いだったのだ。
「散歩ついでに郵便局に行ってきてほしい」とかなんとか。
夕食後にごろごろしているところに言われたので面倒ではあったが、帰りにコーラでも買ってこようと思い、家を出た。

今日は寒いことには寒いが、風がそれほどないのでまぁ歩けないこともない。
歩いているうちに体も温まるだろう、などと考えて川沿いをぽつぽつと歩く。

暖かい時期ならば川沿いの散歩道には、この時間でも何人か歩いている人もいるものだが、とんと寒くなった今日この頃においては、僕を除いて他に人の姿は見えなかった。
「暖かければなぁ」と思っては、横目に猫などを茂みに探すが、毛玉の一つも転がってはいない。

散歩道は暗いが、オレンジ色の街灯が縄張りを持って等間隔に並んでいる。
オレンジ色に顔が照らされる、暗闇に漬けられる、また照らされる、漬けられる。
なんとなく美容に効果でもある気がして来る。
そんなことを考えているうちに郵便局が見えてきた。

なんなのだろうか。入った途端に肩を落とす。
郵便局にはすでに10人近い人間が列をなしている。
みんな暇なのだろうか。
いや、忙しいからこんな時間に郵便局に並んでいるのだろうか。

客は多いが局員はその半分もいない。
このまま客が待ち列の長さに憤って暴動を起こしたら郵便局はすぐに制圧されるだろう。
と思い心配になる。
心配になりながらこの文章を打っているので、乱文などは許して欲しい。

もし明日になっても消息がなければ、僕は郵便局の暴動に巻き込まれて、革命の勇として郵便局に立てこもっていると考えてもらって相違ない。

2017年12月17日日曜日

休日の成果

今日は休日であった。
休日というのは不思議なもので、ゆっくりしようと思った時に限って予定が入って来て、何か行動しようと思った時に限って何もしないうちに夜が来る。

とりあえず前の記事で宣言したように、朝は7時のアラームで目が覚めた。
何も用事がないのに7時から目覚めるとは、なんと自分を褒めようか。
これは規則正しい生活への第一歩だと心の中で勝利のポーズを取る。
そうしながら布団の中でアラームを止め、Twitterを開く。

その瞬間、僕は時空を飛んだ。
原因は分からないが、何か時空の裂け目に巻き込まれたか、布団の温もりに巻き込まれたのだと考えられる。
気がつくと時計は8時を回っていた。半分くらい回っていた。

このままでは再び裂け目に巻き込まれかねないため、急いで布団を抜け出す。暖かい布団が別れの寂しさからか、へたへたと崩れ落ちる。後ろ髪を引かれる思いとはこういう時に使うのだろう。
リビングに行く。ちょうど出かけるところだった母に窓の結露を取る仕事を託される。
その前に何か空き腹に入れようと思ったところ、机の上に3本入りのみたらし団子が1本だけ残されていた。昨日見た時は2本だったが、僕が1本食べた後に確認したら、残り1本に減っていた。「朝まで残っていたので食べても良いだろう」と推理して、最後の1本を食べる。
辛い思いも特にないのに(強いて言えば布団への回帰願望だけ)、団子が喉をなかなか通らなかったので冷蔵庫にあったゼロカロリーコーラで流し込む。
こういう時にゼロカロリーコーラは液体なので便利である。みんなも冷蔵庫に一本常備しておくと急な窒息死の危機にも対応できる。

団子が喉元を過ぎたので、熱いシャワーを浴びる。
適当な服を着て、適当に読みたい本を持って外に出た。
家を出ようか迷っていると、どんどん外出しようという思いが減衰していく。それを恐れ、特に用事もないのに家を出た。
しかし困った。特に用事がない。
仕方がないので、なんとなく栄に向かう。
別に栄に用事もなかったため、なんとなく久屋大通で降り、改札の目の前にあるロッテリアでコーヒーを注文した。
ちびちびとブレンドを飲みながら、持ってきた本をぺらぺらとする。
すぐ近くにあったので『食べる人類誌』を持ってきた。
時々思い出したように紙にメモをして、またぺらぺらを続けていく。

そんなこんなで時間が経ち、お昼が近くなったためだろうか、気がつくと異国の言葉を話す人々に僕の席が取り囲まれていた。
昼時にコーヒーで長居するのも申し訳ないと思い、本を閉じカバンにしまう。
さて、行くあてもない。仕方ないからブックオフに向かった。

ブックオフでは本を一冊も手に取らず、ずっと中古家電と中古玩具を見ていた。
「こうなってくると、ブックオフだかリサイクルショップだか分からんな」と思ったが、そういえば自分はリサイクルショップが大好きだったと思い出した。
よくわからないボードゲームがあったので買ってみる。
『Ultimate Golf』というゲームで、グーグルしたが日本語のレビューは見つからなかった。リサイクルショップはこういう宝探し感があって良い。
こうして家によく分からないものが増えていく。

荷物が重くなったので一度帰宅。
YouTubeを見たり本を読んだりカレーを食べたりしてるうちに夕方になる。
彼女から仕事終了の連絡を受け、再び栄に向かう。
僕は人の服選びを大喜利だと思っている節があり、あれこれ着てるのを見ては色々なものにたとえて楽しんだ(寒中水泳の後の人、弥生人)

その後、スカイルの上のレストランを初めて訪れ、唐揚げを食べ過ぎて口の中を火傷した。急いで食べるから火傷するのだが、急がないと冷めるため、食事とは火傷前提の行為だ。ポテトチップスも食べすぎると口の中が荒れるが、口の中に入れないとポテトチップスを食べられないので、これも口が荒れる前提の行為である。
食とはハイリスク・ハイリターンである。
食によって肥満になったり火傷したり口が荒れたりする一方で、食べれば美味い。

食べたら眠くなったのでほどほどに解散して、地下鉄に乗った。
そして今こんな文章を書いているのだが、そろそろまた時空の裂け目に飲み込まれそうなので、今日はこれくらいで筆を置きたいと思う。

久々(初?)に日記っぽい記事となった。

2017年12月16日土曜日

休日の計画

明日(日曜)はなんの予定もない。
基本的に土日は予定を詰めてしまうので、久々にフルで一人の時間をエンジョイするチャンスである。
だが、しかし予定のない日、というのはどうも活用し難い。

少し長く寝てしまうと、目覚めてごろごろしてるうちに昼になる。
昼になったから、出来合いのもので丼でも作って腹を満たす。
腹が充ち満ちることにより、瞼の皮が下へと引っ張られ再び布団でごろごろする。
そうしているうちにうつらうつらとして、そんなことを繰り返したらいつの間にやら夕方になっている。
家族が帰ってきて夕食を食べ、テレビなど見ながらくつろいでいるうちに夜が更ける。
明日から1週間が始まるから、と言って早めに布団に入るものの、スマートフォンを執拗に触り続け日をまたぐ。

下手をすると休日をこのレールに乗せ一日を終えてしまいがちである。
老人よりも老人らしい生活だ。うちの祖母の方が矍鑠としている。
しかし、読みたい本なども溜まっている。それはもう本棚から溢れんばかりに溜まっている。

というわけで明日は一念発起し、7時くらいに起きて優雅に一日を送ろうと思う。

2017年12月15日金曜日

イノシシ

昨日、トリだのサルだの言っていたが、今日はイノシシの話である。
僕の研究室とは何の関係もないのだが、学部の方でセミナーが開かれていたので少し足を運んでみた。
基本的にこういうセミナーは誰でも参加できるのだが、大体は主催している研究室のメンバーしか参加していない。
一応、居室を出て行く時に同期に声をかけてみたが、「興味がない」と率直に断られたので一人で向かった。こういうセミナーに自主的に参加するとは、僕はなんとも立派ではないか。一体みんなは何をしているのだ(きちんと研究をしている)。

部屋につくと案の定で、主催研究室とその近所のメンバーしかいなかった。
ちなみにテーマは「ブタになったイノシシ」である。
僕の研究とはほとんど被らない。正直に胸に手を当てて言うならば全く被らない。

農大出身のベテランの先生(おそらく60歳はゆうにこえている)が、イノシシの家畜化について生物学的、というより民俗学的な角度から色々と紹介してくれた。

その中で印象に残った話があるので、今日はさらっとその話を終えて華金を満喫したい。具体的に言えば布団の中でぬくぬくと惰眠を貪りたい。

まぁとにかく、スクリーンに新しいスライドが映された時、「人工授精」という題字と共に二枚の写真が載せられていた。
一枚は牛から人工授精用に精液を採取している写真である。前にも何回か教科書で見たことがあるシーンだ。
牛の人工授精こそやったことはないものの、直腸検査の練習はやったことがある。ホカホカしていた。ただ一名、穴を間違えていた彼は元気だろうか。

さて、問題はもう一枚の写真だ。
そこには灰色の羽のある生き物がいた。
まるで鳩だ、いや鳩だ。
しかし、鳩と人工授精にどんな関係性が?
鳩の人工授精も出来なくはないだろうが(僕も鶏でやっていた)、わざわざ鳩を選んで載せる意味もわからない。
そう頭を悩ませていたが、先生はちゃんと説明してくれた。

「昔はですね、精液を冷凍する技術もなかったのですね。ですので、伝書鳩に精液を載せて運んでいたのです」

なんということだ!!
知らなかった!!かつては牛の精液が空を飛んでいたのだ!!!

僕はそれにとても興奮したのだが(性的嗜好ではない)、そのせいなのか残念なことに他の話はあまり記憶に残っていない。
とりあえず「空飛ぶ牛の精液」を知れたのだ。貴重な研究の時間を割いてまで、わざわざセミナーに参加した甲斐はあった。

みんなも是非、学内でセミナーが開かれた際は参加することをお勧めする。


追伸 : 「うしのせいえき」で予測変換したら「芦名星駅」という素敵な駅になったことを報告しておきたい。

2017年12月14日木曜日

サルゲッチュ

今年も残すところ僅かとなった。
今年は自分にとって3回目の酉年であったため、年男としての重圧に負けそうになったが、無事に年男を務めきったことを褒め称えてくれても構わない。
酉年生まれの名に泥を塗らぬように慎重に行動していたため、特に何もしないままに2017年は終わろうとしている。僕の一年という尊い犠牲のもとに酉年の名誉は守られた。

ところで干支といえば、去年、僕がずっと情報公開を待ち続けたゲームがある。

「サルゲッチュ」である。

申年なのだから、ついに待ちに待った新作が公開されるだろう。いや公開されるに違いない。公開されると告知もあった気がする(そんなものはない)。いつ公開されるのだろう。
首を長くしているうちに2016年が終わったため、僕の首は伸びきり、何の獲物も咥えないままに巻尺のように5等身の身体へと引き戻された。

「サルゲッチュ」は初代プレーステーション(何もつけずにプレーステーションと言えば初代を指すと思うのだが、聞き返されることが多いため、不服ながら初代とつける)で発売された「サルを捕まえる」という至極単純なゲームである。
もっと詳しく言えば、ピポヘルというヘルメットを被ったせいで知能の上がったサル「ピポサル」を捕まえるゲームである。
プレーステーション世代では「パラッパラッパー」や「どこでもいっしょ」、「クラッシュバンディクー」と並ぶ立役者的なゲームで、マクドナルドのハッピーセットでもピポサルのおもちゃが貰えたような記憶がある。
(以上のゲームが分からない方は世代が違う可能性が高い)

これだけプレステのサルゲッチュを推していたところで申し訳ないのだが、自分はプレステ2の「サルゲッチュ2」からの中途入学者である。
にわかだと思って石を投げてもらって構わない。

サルゲッチュ2は当時の自分には少々難易度が高く、全クリまでには割と根気が求められた(初代サルゲッチュよりは簡単らしいが)
サルゲッチュはそこからさらに広がり、「サルゲッチュ系統」と「サルバト~レ系統」に分かれていくことになる。
(サルバト~レの発売は2004年の申年である)

どちらの系統にも言えるのだが、サルゲッチュは細かいところが凝っている。
サルのプロフィールの全てに笑いを仕込んでいたり、ミニゲームの難易度がやたら高かったりする。
なんというか「おまけ要素」への力の入れ方がものすごい。

サルバト~レではキャラごとにプレイ成績でおまけムービーが手に入るのだが、それもそのキャラクターに合った世界観のショートムービーが作られていて、日常風、サイバー風の他、実写ムービーまである(当時は儲かっていたのかもしれない)
中でも自分が好きなのはピポトロン(正体不明のピポサル)ストーリーで入手できる「アメコミ風」ショートムービーである。サスペンス?ホラー?な要素が入れられたムービーに、まだ当時小学生だった僕はノックアウトされ、その後の人格形成に大きな影響が生じた。

というわけでニコニコのリンクを貼っておくので是非それだけでも見てほしい。

余談になるが、サルバト~レの4人対戦を友人と究めすぎた結果、「ゲームバランスが悪すぎる」という理由で勝負にならない事態に陥った。
しかし中々に面白いので、気になる方はサルバト~レを入手し、プレ2コントローラを4つ用意し、プレ2のコントローラ分岐パッドを準備して是非プレイしてほしい。

合わせて読みたいゲームの話
ちびロボ!
ジャックxダクスター


2017年12月13日水曜日

没入

最近になって思ったのだが、楽しいイベントに参加することよりも、イベントを楽しむことの方が簡単である。
逆に、楽しくないイベントとは自分が楽しんでいないイベントなのではないか。

とここまで読んだところで、「今日もただの言葉遊びかよ」と思った方がいるだろう。
安心してほしい。僕も書いた文章を読んで「今日もただの言葉遊びかよ」と思った。

しかし、余程合わない(生理的に無理、許容出来ない内容、宗教的教義に反する)のでない限り楽しんでしまった方が良いと思う。
なぜなら、単純にお得だからである。
なんだか今日はライフハックになるかもしれないから、最後まで読んだ方が良いと思う。
なぜなら、単純にお得だからである。

誤解を恐れるので初めに言っておくが、「つまらない」イベントに参加したのはしばらくのところない。どれも楽しいイベントであったが、それに振りかけるスパイスだと思って読んでほしい。こうして保険を掛ければ糾弾されないと学校で教わった。

まず、「楽しもう」とするのに特別気合を入れて頑張る必要はないと思う。
ただ、「少し大げさにやる」だけでいいのだ。
「拍手をいつもより少し強めにやってみる」とか「普段は言わないけど今日は少し歓声をあげてみる」とか「いつもより数ミリ口角を上げてみる」とかそんなくらいで良い。
これは一種の「儀式」であり、イベントという非日常空間に入り込むスイッチなのだ。

完全に個人的な話になるが、ライブでは軽くリズムに乗りながら聴いているのが好きだ。
ただじっと座って聞いているよりも、少し揺れていた方が、自分もメンバーの一人として音楽を作っているような没入感がある。
これはライブに限った話ではない。
イベントは主催者だけではなく、観客も(ある程度)一緒に作っていくものなのだ。
そうすることでイベント自体もより盛り上がるし、イベントが終わった時に観客側にも達成感が残ると思う。
なお、これは個人の意見であるので糾弾するのは避けてほしい。

ちなみに、「少し大げさにやる」の「少し」の部分は重要である。
この儀式を激しくやりすぎるのはやめた方が良い。
なぜなら、単純に嫌われるからである。
不自然な程に度の過ぎた煽りやコールは「イベントの私物化」である。
イベントはあくまで「主催者と観客」で作るものであり、誰か個人のためにあるのではない、という事を謙虚にいつも心においておきたい。

最後になるが、今度ライブなどイベントに参加することがあれば、是非「少しだけ」イベントのビートに乗ってみることをお奨めする。
なぜなら、単純に楽しいからだ。


【合わせて読みたいライフハック】
大掃除

2017年12月12日火曜日

手記「多重夢について」

--どうやらここのコンピュータは正常に動くようだ
--メールボックスにメールが届いている
--何も書かれていないが、ファイルが添付されている

----添付ファイルを開きますか?
--open

文書ファイル : 手記「多重夢について」
作成者 不明 作成年 不明

-----------------------

この手記を読んでいるということは、僕は夢からの脱出に成功したということだろうか。
それともただこのメールだけが……そうでないと願いたい。
ここに記すのは、僕が多重夢を何度も繰り返す中で編み出した一つの答えである。
もしかすると、これは一つの対抗策になるかもしれない。あるいは……

夢を繰り返す中で気がついたのはある相同性であった。
僕がこの世界……おそらくは僕の夢の中で起き上がり、行動を取ろうとするたびに世界はリセットされ、僕は再び初めの地点……つまりは布団へと戻される。
この状況を単純化した時、僕は行動を制限されているということになるだろう。
これは体の自由を奪われた状態である。
これはいわゆる金縛りという現象と似通っており、一種の相同性がここに見出された。

ならば、この多重夢を抜けるには、金縛りを解く必要がある。
夢の中で金縛りになっているのか、それとも現実で金縛りになっているのか、それは現時点……このメールを書いている時点で明確な答えを出すことはできない。
しかし、仮に夢の中で金縛りになっていたとしても、睡眠中の体を自在に動かすことはできない。そのため今動けない状態が夢か現実かということは大きな影響を及ぼさないだろう。

まず、なすべきは自身の状況の把握である。
すぐに起き上がろうとせずに、身体に意識を向けよ。
そして身体の感覚に違和感があったならば、無理に身体を動かしてはならない。
少しずつ、あくまで少しずつ動くべきだ。まずは腕……いや指先からだ。

この意識のコントロールが夢と現実をパンフォーカスにしてくれる物だと期待したい。
これが上手くいけば……

-------------------

手記はここで終わっている。

2017年12月11日月曜日

クワイ

今まで生活の中で全く意識していなかったものが、ある日を境に立て続けに目に飛び込んでくることがある。
「え!すごい偶然!」
と思ってみるが、実のところ普段から身の回りに頻出していたものに、ちゃんと目を向けていなかっただけだったりする。

そんな物の中で、この時期になると決まって思い出すものがある。

クワイである。

ある日、友人に買い物に誘われた。
「今度柳橋に行くんだけど、行かん?」
なんでも家族で年末年始の料理の材料を買いにいくらしい。
せっかくなので僕もついて行かせてもらう事にした。
早朝、友人の父の車で柳橋に向かう。
僕は友達とゲームや漫画の話をしながら、少しばかりのドライブを楽しんでいた。

友達の家から名古屋駅まではそれほど遠くなく、30分もしないうちに柳橋の近くまでやってきた。
「そういえば今日は何買うん?」
僕はふと思い浮かんだ疑問を友人にぶつけてみた。

友人は外を眺めながら、
「んー、まぁ値段にもよるけど魚とか昆布とか」
と返してきた。
その時、友人の母が会話に入ってきた。
「あとはクワイとかね」

KUWAI....??

僕の頭に疑問符が連続タップされる。
(クワイとはなんだろうか、そんな物は聞いたことが無いぞ)
頭の中で様々な考えがポップコーンメーカーのように飛び跳ねた。
(クワイとは食べ物なのだろうか、それとも年末年始に使うしめ縄的なサムシングなのだろうか...)
しかし、そんな物なら今までに聞いたことがあるはずだ。
逆に奇異な習わしであるなら、当然のように自分の前でクワイなどと言わず、もっと人の目を忍んで内々で取引をしているはずである。

(あっ、そうだ!)
僕は思いついた。
(きっと聞き間違いだったんだ!)
思いついた最大限の解決策であった。

「あークワイも毎年使うしね」
僕がひねり出した「聞き間違え案」は友人の返答によって棄却された。

困った。どうやらこの世にはクワイというものが存在するらしい。
このままでは「クワイも知らない世間知らずの田舎者」の烙印を押されてしまう。
それから僕は「あー知ってるよ、クワイね」という態度を取り、なんとかその場を凌ぎ切った。

僕はそのクワイ事件から一週の間にクワイという文字を3度見る事となった。
僕は驚嘆した。
なんということだろうか!クワイはこれほどに世の中に溢れていたのだ!!

僕は憤った。クワイという名前をしておきながらなぜ芋なのだ。
里芋も山芋も薩摩芋もちゃんと芋と名乗っているではないか。
芋を名乗らないのはキャッサバ君ぐらいのものである。
外国かぶれも甚だしい。
芋とついていたならば、僕も「はいはい、芋ね」と振る舞えたではないか。

しかし、それから10年ほどたちWikipediaをふと見てみたら、「桑芋」又は「河芋」が転じたという説を目にした。
なんということだ、「クワイ」はあだ名だったのだ。
僕はあだ名をつけられただけの芋を不当に迫害していたのだ。
僕は謝罪の意を込めて今日の記事を書くに至った。

僕は君の事を誤解していたよ、クワイ。
24年間食べたことがないけれど、いつか食べてみようと思うよ。

2017年12月9日土曜日

夜の散歩

夜の散歩をした。
というかやむにやまれず、本山から自宅まで1時間半弱の道のりを歩いた。
時刻は午前2時、丑三つ時のことである。

後輩の家から自分の家の方角へと路地を抜けて行く。
坂道を登るのを避けるように道を選んだことが災いし、気がつくと丑三つ時に墓地のど真ん中を抜ける蛮勇と化していた。
夜の墓地は静かである。というかこの時間は街全体が静かである。
この辺りは墓地が多く、結局しばらくの間、墓地を抜けたり墓地に入ったりを繰り返しながら家を目指すことに相成った。
特に妖怪幽霊の類に遭遇することもなかったため、こうして文章を書くことができているが、散歩して行く中で一箇所どうしても怖いところがあった。

それは墓地ではなく、墓地を抜けてしばらく住宅街の中を歩いていた時のことだった。
夜の街というのは、昼間とは全く違う街並みに見えるから面白い。
今日はあまり通らない千種の方に抜けていこうと歩いていった。

学校らしい建物の横の道を通って行く。
しばらく学校らしい建物が続き、その隣に見た目のよく似た ているが、会社か病院かそんなような建物があった。
建物の窓から中が見える。
廊下は少し赤みがかった薄暗い蛍光灯で照らされている。
なんだかその建物を見てるうちに、ぞっと怖くなった。
説明は出来ないが、その廊下の感じがひどく不気味であった。
ずっと見ていたら、いつしか建物の中に入り込みそうな、そんな雰囲気があった。

それからも怪しいおばさんや、猫トラップを回避しながら帰宅した。
昼と姿の違う街を楽しむは夜の散歩の醍醐味でもあるが、なんとなくあそこの建物はもう見たくないと思う。

2017年12月8日金曜日

蠢き

歳をとるにつれて怖いものが減った。

夕闇の街が怖かった。
人がどこか遠い存在に思えるからだった。人の顔が見知らぬものに見えるからだった。

押入れの暗さが怖かった。
知らない場所に繋がってるように感じるからだった。おしいれのぼうけんを読んだからだった。

夜中に一人で起きて行く便所が怖かった。
なんだかこのまま一人きりになってしまう気がするからだった。

僕が恐れていたものはもういなくなってしまったのだろうか。
いや、まだいる。どこにでもいる。

ビルの柱の暗がりに、工事現場のシートの隙間に、点滅する蛍光灯の下に。
路地に佇む人影に、木葉の痛いほどの静けさの中に、

2017年12月7日木曜日

モーガンフリーマン

自分と違う国の人を見分けるのは難しい。
特にアジアを離れると非常に困難になる。
お陰でクリス・タッカーとウィル・スミスの区別がつかない。
ジャッキー・チェンと一緒にいないとクリス・タッカーだと判断できないので、今後ジャッキー・チェンとウィル・スミスが共演したらどうしようかと悩んでいる。
そんな中(エディ・マーフィーも分からないのだが)で唯一分かるのがモーガン・フリーマンである。

モーガン・フリーマンが映画でどんな活躍を見せているかについては、あまり詳しくない。恥ずかしながら、『ショーシャンクの空に』も『ディープ・インパクト』も観たことがない。唯一『ハイ・クライムズ』だけはなぜか観ている。面白かった。

そんな僕がモーガン・フリーマンを毎週見るようになったのが、NHKでやっている『モーガン・フリーマン 時空を超えて』という番組である。
みなさんご存知だと説明が楽なのだが、もしかすると知らない人がいるかもしれないので、説明しておく。
これは「神は存在するか」「この世界は現実なのか」と言ったテーマに関する先進的な物理学や化学・生物学の科学研究を紹介する番組で、非常に面白いので毎回録画して夕食の時に観ている。
最近観た回の中では(録画なので少し前だが)、菌を操って椅子を作る話が面白かった。

その番組で毎回欠かさず僕が注目している部分がある。
番組はモーガン・フリーマンによるその回のテーマの紹介から始まる。
一連の流れを説明すると、
「私たちは普段○○と思って暮らしています。○○は××であると。しかし、本当にそうなのでしょうか。実はそのことに意義を唱え、それを証明しようと研究をする研究者がいます」のような導入から大抵の回は始まる。

そして「△△大学の▷▷学者▲▲は▶︎▶︎について研究をしています」といって研究者のVTRが始まるのだが、その二つの間に必ず挟まる話がある。

それは「私は子供の頃、よく□□をしていました」というモーガン・フリーマンのエピソードで、それがテーマにきれいに沿ってVTRへと繋がっていく。
これを観るたびに思うのだが、一体どれだけモーガン・フリーマンは子供の頃のエピソードが多いのだ。毎回毎回、テーマに沿った話がぽんぽん出てくるのだから相当である。
もしかすると、それだけエピソードの多い人間だからこそ、モーガン・フリーマンは名優たれたのかもしれない。
僕もエピソードの多い生活を送り、名優たりたいところではあるが、最近は「カバンの中でみかんが潰れた」くらいしか人に話す話題がないので、今回はここで筆を置きたい。

2017年12月6日水曜日

一番近くにいるのに見えない大切な存在

眼鏡である。
今日は眼鏡の話をするから素敵な恋愛の話を期待した恋に恋する妙齢の少年少女には読む価値がない。なので読むべきではない。
しかし、僕にとって眼鏡はなくてはならない大切な存在であるが故、僕は倫理道徳上の理由からも眼鏡に恋すべきなのかもしれない。

朝、目が覚める。
精緻に語るのであれば、けたたましい目覚ましの音で叩き起こされる。
起床して最初の感情が殺意になるのは精神衛生上良くないが、、そうしなければ起きられないので仕方がない。まぁそれはどうでもいい話である。

ぼやけた世界の中で枕元をぽんぽんする。
すると大体いつもぽんぽんするところに眼鏡が待っていてくれる。
もし、僕がぽんぽんしたところに眼鏡がなければ、僕は一日を送ることが出来ない。
食事ぐらいは出来るが、とても学業に勤しむことは出来ないだろう。
出来るもしれないが、出来ればしたくないのだ。
それほどに僕にとって眼鏡は必要不可欠な存在で、それほどに僕の視力は悪く、陸に上げられた魚程度しかない。現に口もぱくぱくしている。

最初に眼鏡をかけたのは小学五年生か六年生の頃だったと思う。
それまでも目は悪かったため、目を細めて生きていた。
そのせいで目が細くなった。これが進化というものである。
だが、流石にこれ以上目を細めると目が開かなくなるため、眼鏡をかけるにいたった。

眼鏡に慣れるのも大変だったが、僕 with 眼鏡を周りに慣れさせる方が困難に思えた。
当時の担任は「自然としていれば、周りもすぐに自然に思う」と言っていた。
しかし、慣れるまでに少しでもタイムラグがあるのが嫌なのだ。
子供にとっての一瞬は一生に等しい。
嘘である。しかし、1週間くらいには感じる重さがあったような気がする。
そして嫌々ながらも眼鏡のまま教室に行き、案の定いじられたが、それから十と数年の間、眼鏡をかけつづけて生きている。

大学の頃は眼鏡をつけたまま寝落ちしてしまう日々が続いていたので、よく眼鏡が歪んだ。
特に鼻当てのあの異様に細い金属がよく曲がった。
仕方がないので鼻当て部分がフレームと一体化した丈夫な型の眼鏡にした。
今度は鼻当ての調整が出来ないせいで眼鏡がよくずり落ちる羽目になった。
結局、今は鼻当てにシリコンパッドをつけて使っている。
これは概ね快適だが、2ヶ月くらいで剥がれてくるのでまた買ってつける。
面倒だが、快適な眼鏡との生活には欠かせないのだ。

これから僕が死ぬまでの間、毎日眼鏡をつけて暮らすとなると心配になってくる。
眼鏡が手に入らなくなったら、一体どうすればいいのだ。
具体的に言えば、僕の家の近くの眼鏡市場がなくなったら、どうやって生きていけばいいのだ。
向こう数十年分の眼鏡をストックしといたほうがいいのではないか。
そう戦々恐々としながら、僕は枕元をぽんぽんして生きている。

2017年12月5日火曜日

頭重

これは悩みの話であるから、悩みに興味のない方は読むのに時間を使わない方が良い。
非常に頭が重い。
正確には重くなりがちだ。

確かに僕は元々頭が大きい方で、重いのもしょうがないとは思うが、味噌どころか石でも詰まっているのかという重さな気がする今日この頃である。
朝から午前中の間はまだ軽いような気がする。
ただ、昼飯を終え、おやつを終えた頃になると頭が重くなってくる。
頭が重くて、文章を読むような集中力を要する作業などやっていられない。

もしかすると、これはいわゆる「頭痛」というやつなのかもしれない。
おそらくは肩凝りと首の凝りがが原因だと思うのだが、最近さらに重い気がする。
おそらく、というかほぼ間違いなく、それはどうぶつの森のやりすぎである。
このままではどうぶつの森を気持ちよくプレイするために学業を犠牲にせざる得ない。

僕は学業に熱心な学徒であるからして、僕は今日から首を鍛える事にした。
首のストレッチと首の筋トレをするのだ。いや、するしかないのだ。
せねば、どうぶつの森が出来ぬのだ。
首がむきむきになった僕を乞うご期待である。

2017年12月4日月曜日

名峰マウンテン

名古屋には山がある。
その名を喫茶マウンテンという。

大学から約一駅と少々のおつりを歩くと看板が見えてくる。
雪の残る山に赤い文字で店の名前が書かれている。
駐車場には千葉や神戸など日本各地から来た車が停められている。
ここは名古屋の名峰なのだ。

ある人は「食への冒涜だ」と憤り、ある人は「普通のメニューは普通」と意味のわからぬ事を言う。僕にとってここはレジャーでありスポーツであり、まさに山だと思っている。

名古屋に住む人間のほとんどが知っていると言っても過言ではない(かもしれない)、この店の看板メニューこそがあの悪名高き「小倉抹茶スパ」である。
小倉は美味い。小倉抹茶も明らかに美味いだろう。だが小倉抹茶スパはどう考えても美味しくはない。そして実際美味しくはない。
抹茶の「粉」を混ぜ込んだであろう熱々のパスタ。
その上に無残にもかけられた生クリームとあんこ。
そして何故か更にその上に乗せられた果物。
一見美味しそうには見えないのだが、食べてみると驚くことに美味しくない。
ただ不思議と(ぎりぎり)食べられないことはない。
そのため残す事が罪悪感となり、人はなんとかこれを食べきろうとする。
これを人は「登山」と呼ぶ。

正直に告白すると、僕は昔からこの山に憧れていた。
その名前を初めて聞いた時、僕は「奇食の館」というホームページに辿り着いた。そこに載せられていた百鬼夜行の皿々に僕は魅せられた。
そして大学に入った僕は、晴れてマウンテンに連れて行かれる運びとなった。遭難しかけながらも山を登り切った。山頂から見た景色は別に綺麗ではなかったし、晴れやかな気分でもなく、むしろ気分は悪かった。

それからも何度も僕は山を登った。
何故、そんなに辛い思いをしてまで山を登るのか。
「そこに山があるからだ」
そう先人は言葉を残した。

だが、時が流れるにつれ僕は山に登る事が減った。
そしていつしか、僕は山に登らなくなった。

悩み考えた
「何故山に登らないのだろう」
いや、むしろ
「何故山に登っていたのだろう」
そして気づいたのだ。
僕は見たかったのだ。
山に登った事がない者たちが苦しみながら登山をする姿を。

というわけで今度誰かを連れてマウンテンに行きたい。
大人しく連れて行かれそうな人間を探している。

2017年12月3日日曜日

迷子

辞書によれば迷子とは「道が分からなくなること」「連れとはぐれること」を指す。
自分が迷子と言う時は主に後者のことである。
散歩が好きで、特に狭い路地の方に好んで進んでいくため、よく道は分からなくなるのだが、あまり迷子という感じはしない。
やはり迷子とは親や友達たちなどからはぐれ、一人きりで寂しく途方に暮れることに相応しい言葉であると思う。

迷子になった記憶で一番思い出深いのは、いつかの夏のことだったと思う。
まだ年端もいかぬ頃の話、おそらく幼稚園の頃だった。
途方に暮れていたのだ。
視界には人が何人も行き交っているが、そこに知った顔は一つもない。
右も左も分からず、このままずっと一人きりなのではないかと不安になった。子供の感情というのは振れ幅が大きいもので、僕もまた寂しさで胸が苦しくなり、眼からはいつの間にか涙が溢れ出ていた。
ただ一人でいることが寂しく、不安で、恐ろしく、そしてどうしようもなく悲しかった。


確かに母に「タコを見に行く」と言ったのだが、何故か合流が出来なかったのだ。
僕は薄暗い廊下でめそめそと泣いていた。もしかすると、わんわんと泣いていたかもしれない。
そこは水族館だった。
幼き僕の不安・悲しみ・恐怖は推して知るべし。

それからどうなったかだが、なんとかなったので20数年経って文章に起こしている。
(余談だが当時の名古屋港水族館は全区域にアナウンス放送を流すことが出来ず、色々と大変だったようだ。現在もそうかは不明)

いまでも時々迷子になりそうなことがある。
寂しく、恐ろしく、悲しい感情に襲われることがある。
はぐれかけた自分をなんとか合流させ、それを何度も繰り返しながら、僕はぼちぼちと道を歩いている。

2017年12月2日土曜日

夜明け前の藍色

初めて徹夜をしたのはいつだろうか。
いや夜通し遊んだ時は、だいたい明け方に帰宅した後に寝てしまう。もしかすると完璧に文句のつけようのない徹夜というのを、僕はこれまでしたことがないかもしれない。

始発の電車に乗る。
始発というのは曲者で、早くホームに着きすぎると電車が来るまでの間が辛い。寝ずに夜を越した後の待ち時間は本当に辛く、この時期はさらに寒さに凍える羽目になる。
かといってギリギリの電車を狙って外すと、次の電車まで早朝のすかすかなダイヤを恨みながらやはり凍えることになる。
そのため、大抵は始発に向かって軽く小走りをしなければならなくなる。すでに停止寸前の体に鞭を打つと、膝や腰の関節がきしんでぎこぎこと音がする。

始発の電車にはこれから活動を始める眠そうな人と、これから活動を終える眠そうな人がいる。見分け方は、後者の方が顔に滲む後悔の色が濃い。そして髪に寒サバくらい脂が乗っている。
座れば眠りそうになり、立っていれば疲れで目眩がする。
この時ばかりは電車に乗っている時間がとても辛い。

ただ一方でこの時間に外を歩くのが僕は結構好きだ。
夜明けと夕方は一見すると似ているが、実のところ大きく違う。
空は黒に近い深い藍色から、明度を増した鮮やかな紺色へと変わっていく。
この時の空の色は空気と同じように夕方よりもずっと澄んでいると思う。

空はどんどん明るくなっていくが、街灯は中々明かりを落とさない。
そのため明け方には明るい空と白い街灯の光が同居する。

街はすんと静かで、新聞を届ける音が遠くからでも聞こえる。
鳥の声、早起きした誰かの立てた物音、遠くでまばらに車が走る音。

そんな中を疲れがまとわりついた体で歩くと、少しずつ鉛のような疲れが幾分か心地よい疲れへと清められていく気がする。

帰ったら熱いシャワーを浴びよう。
そう思いながら、一日が始まる街を歩く。

2017年12月1日金曜日

ネタのない日の更新

ブログを更新するためのネタがない。
正確にいうとネタを思い出す余裕がない。

一体僕は何にせっぱつまっているのだろうか、何が大変なのだろうか。
優しい皆様におかれては「やらなきゃいけない仕事があるんだろうな」と思ってくださるだろうが、実際にはものすごく眠いのである。
1ヶ月の連続更新をこなして分かったのは、文章を書く仕事を後にとっておいてはいけない。なぜなら物凄く眠いからである。

基本的に僕は眠気を抑えて仕事をすることが出来ないのだ。
テスト前はいつも眠気に負け諦めてしまう。
本当のことを言えば、何か仕事がある時は眠気が増す。
そして、そういう時に全てを投げ打って諦めて惰眠に堕ちるのは最高である。

というわけで僕は最高の快楽を求めて布団にダイブするので、今日のところはここまで。
いっぱいねる。

2017年11月30日木曜日

ちびロボ!

「みんな、いろいろ、なやんでるんだ」

ちびロボのテレビCMに使われたキャッチフレーズである。
当時、僕にとってゲームとは「スーパーマリオ」とか「ゼルダの伝説」とか、僕が操作している主人公が旅をして悪やらボスやらを倒しに行くものだった。
勿論ほかにも育成ゲームとかパズルゲームとかが色々と種類があるのは知っていたが、少なくとも「グリーングリーン」の歌の合間に「みんな色々悩んでるんだぜ」と言われるようなゲームには出会ったことがなかった。

どんなゲームなのかCMからは想像が出来ない。
しかし......おもしろそうな感じがした。やりたいと思った。

ちびロボをプレイする機会は割とすぐに訪れた。
当時(2000年頃)、デパートのおもちゃ売り場に行けば、発売中のゲームの体験プレイが出来るコーナーが備え付けられていることが多かった。
小さい頃はそんなに次から次へと新しいゲームを買ってもらえるはずもなく、僕はその体験プレイで何度も1ステージ目をプレイして遊んでいた(体験版はプレイを初めて5分くらいでリセットがかかりタイトルに戻されるという残酷なシステムである)
そこで「ジャイアントエッグ」や「ガチャフォース」などの今や知る人ぞ知る、いや最早知る人のいないマニアックなゲームに触れる事が出来たのである。
そんな中にちびロボもあって少しプレイした。
これは面白いと思った。が、残念なことに買ってはもらえなかったのである。

しかし、そんな中、ちびロボを存分にプレイする機会に恵まれた。
なんと仲の良かった友達が(何故か)買っていたのである。
ちょうどその時、その友達の祖母の家にお泊まりしに行くことになっていた。その夜は遅くまでちびロボをプレイした記憶がある。余談だがご飯をいっぱいおかわりした記憶もある。

当時小学生だった僕はその世界観のとりこになった。
ちびロボの舞台はサンダース家が住む一軒家。
サンダース家のパパは現在無職。ママはお金の事でいつも頭を悩ませている。
娘はカエルの呪いでカエル語しか喋れない。
その時点で設定がクレイジーだが、さらに魅力的なキャラクターとしてオモチャたちが登場する。レゴで出来た恐竜が関西弁のおばちゃん口調で喋るわ、オモチャの軍隊にボコボコにされるわ、蜂蜜中毒のクマが暴れるわ、てんやわんやである。

今までゲームに持っていたイメージを、大きく転換する要因の一つになったのがちびロボだった。それに加えて、ゲーム性も抜群に面白かった。広い家の中をオモチャの視線で縦横無尽に駆け巡れる。いわゆる「報酬制度」みたいなのもしっかりしていて飽きない。
だが、やはり世界観が素晴らしかったのだ。

開発元はスキップ。
あのラブデリックが分裂したうちの一つだった、ということは高校生になってから知った。

僕はこのちびロボを足掛かりに、その数年後、「moon」「ギフトピア」などのラブデリックに手を出してゆき、よりディープなゲームの世界をのぞきに行くのだが、それはまた別のお話である。


合わせて読みたいゲームの話
サルゲッチュ
ジャックxダクスター

2017年11月29日水曜日

ふいんき

まだキーボードで文字を入力するのを覚えたての頃、そんな幼い時分には打とうと思った言葉を口で発しながらキーボードを叩く癖があった。
癖というか、そもそもそうしないと文字を打てなかった。

例えば「パイナップル」と打とうと思ったら、
「ぱ……ぱ……ぱ……い……い……」と文字を探す事となる。
あまりに時間がかかるのでタイピングゲームなどに挑戦しても、一つもクリア出来ず、楽しみ方が全く分からなかった。

そんな時、僕は「発音」と「文字」が必ずしも一致しない、ということに気がついた。
例えば僕は足で漕いで進むあの二輪の乗り物を、ケッタ又は「じでんしゃ」と言っていたのだが、「じでんしゃ」と打って変換すると「時電車」となった。
(もしかすると「じてんしゃ」ときれいに発音する方もおられるかも知れないが、そういう上品な方には今日の記事は読むに値しないかもしれない)
 
初めはどうして上手く変換出来ないのかが分からなかった。
「もしかするとコンピュータは自転車を知らないのかもしれない」
とまで思ったが、自転車は本来「じてんしゃ」であることに数日後に気がついた。

あるいは「すいぞっかん」である。
「すいぞっかん」に関しては1週間くらい分からなかった。
勝手にこっちで促音にしているだけで、本来は「ぞく」なのである。

これは大発見だと思い、母や父に話したが、僕の話は上手く伝わらなかったようで、二人の顔にクエスチョンマークが浮かんだのを子供なりに読み取った。

言い訳をさせてもらえば、「自転車」「水族館」に平仮名でルビを振れと言われれば、当時であっても正しく書けたはずなのだ。ただ、口で音を追いながらだと、正しいつづりを打ち込む事が出来なかったのである。

最近は「ふいんき」と打っても「雰囲気」と変換される。便利な世の中になったものだが、これでは今の子供は「じでんしゃ」「すいぞっかん」と覚えてしまうのではないか。これは由々しき事態である、日本の伝統はどうなる。
と、年寄りじみた思いで今日の記事を書き始めたが、2017年の暮れが近づいたというのに、「じでんしゃ」も「すいぞっかん」も正しく変換はしてくれなかった。
僕は時代の先を歩んでいるのだ。

2017年11月28日火曜日

クリスマス

クリスマスは好きだろうか。
僕は大好きである。

べつに恋人がいるとかいないとか、そんなことはどうでもいい。
現に孤独を弄していた23年間もクリスマスが大好きであった。
一人静かにクリスマスソングを口ずさみ、街を悠々と闊歩していた。

おそらくは根が子供である。
良い言い方をするのなら、純粋な少年の心を残したナイスガイなのだ。
悪い言い方をするならば、単純なナイスガイなのである。
なんにしてもオーナメントで飾り付けられ、赤や緑に彩られた、そんな華やいだ街を見ると心が躍るのである。ダンシングなのだ。

毎年、この時期になると用もないのに百貨店へと短い足を延ばす。
とりあえず栄に行き、ラシックを上から下まで歩いてみる。ラシックは、いかにも若者好みな感じが良い。
こうした空間にいるた、なんだか自分も華やいだ今時の男になった気がするが、手洗いでふいに鏡など見た時、どうも華のない顔がにやけているのに気がつくのが常である。しかし、クリスマスの頃ばかりは自分のような根の暗い男も華やぐことが許されるような、街がそんな空気を湛えているように感じる。

ぶらぶらとラシックを満喫したら三越へ行く。元気があれば松坂屋にも行く。
何かを買うわけでもないが行く。百貨店の地下は特に念入りに彷徨ってみる。
百貨店のソファは座り心地がいいのであちこちで一休みする。
一休みしたらまた彷徨う。

クリスマスは街全体が祭りだ。クリスマス一色だ。
それがたのしい。

2017年11月27日月曜日

勤労感謝祭⑤

その後、俺たちはみんなでワイワイと酒を飲んだ。
「おい、なにをやっているんだ。感謝とは何の伏線だったんだ」とお思いになるだろうが、乾杯から歓談が始まった時に俺も全く同じ事を思ったので許して欲しい。
大体この集まりに巻き込まれただけの俺に非はないのだ。

仲の良さそうに飲み始めたメンバーに俺も引き込まれた。

「君が山岸君の友達だね。彼から話は聞いてるよ」
恰幅の良い男が 声をかけてきた。飲み始めたばかりなのに顔がすでに赤い。

「一体どんな話を聞いているんですか」
男にビールを注いでもらいながら尋ねてみた。
俺を褒め称える山岸の姿は毛ほども想像出来なかったが、もしかすると裏ではこっそり評価しているかもしれない。

「『もちろん学業に励むという事はなく、かといってサークルやアルバイトなどに励むという訳でもなく、一人前に捻れた恋愛感情を持ちながら、それが成就する事もなく、ただ日を鬱屈と生きている、今時珍しい学生という特権的モラトリアムの権化のような男だ』と山岸君は強く君を大絶賛していたよ」
俺の耳には全く絶賛しているようには聞こえなかったので、もっと美しい言葉と聞き間違えたのかもしれない。

「みなさんは愚者の会……でしたっけ。というかそもそも今日は何をするんです」
恰幅の良い男は早くも酩酊しかけていたので、俺は心の中にあった疑問を率直にぶつけてみた。

「そうとも、我々こそが愚者の会であるよ。それを一年前に作ったのが件の山岸君さ。それぞれ個人で暗躍していた我々を集めて交流出来る場を作ろう、この大学を混沌の渦に沈めよう、と言ってね」
とてつもなく迷惑な話である、と思ったが口にはしなかった。

「まぁ山岸君の事だからあくまでも建前に過ぎないとは思うがね。だが実際こうして集まると良い刺激があってね。うちの信者集めにも色々とアドバイスを貰っているしね」
ということはこの男がさっきの「ふろーふろーきょー」とかいう怪しい宗教の人間らしい。なんとなく見た目からしてこの男が教祖なのではないかと想像した。

「それで今日は勤労感謝祭だよ。我々が勤労な人々に感謝を示すにはどうすればいいと思うかい」
男の顔は真っ赤になっていて、右へ左へとふらふらし始めた。

「なんでしょう…………ゴミ拾いとか…」
俺は考えながら男に水を差し出した。
「我々がゴミ拾いなどしたら醜い建物を更地にしてしまいかねないさ。では、我々はどうすればいいか……」

男が水を一気に飲み干す。樽のような腹でぽちゃんと音がした。
「つまりは何もしないことだね。こうして酒を飲んで肴を食べてくだを巻くのだね。我々が何かしようとすればそれは必ず混沌につながってしまうのだよ。そういう星の下に生まれてしまったのだ、因果なのだよ」

男は立っているのが辛くなったのか、俺に一言断わるとふらふらと壁際に置かれた椅子へと歩いて行き、どしりと座った。椅子が壊れないか心配であった。

それからの事は酒も入り細密には覚えていないが、愚者の会の会員たちと何やら話しながら酒を飲み肴を食べた。
覚えはないが俺はどうにかして下宿まで帰ったようで、起きるとすでに昼前だった。
深酒をしたはずだが身体に酒が残っているような感じもなかった。そのため、昼寝をしてそのまま朝まで寝ていたのではないか、愚者の会なんて馬鹿げた集いはなく、山岸などという気の触れた友人はおらず、俺にはクリスマスを共に過ごす美しい恋人がいるのではないかと思うほどだった。

「変な夢を見たな……」
ただ本当に夢の中のことかどうか分からぬが、ショートカットの神秘的な美しい女性が佇み、こちらに暗闇のように上品な笑みを向ける姿が目に焼き付いていた。
名前を聞いたような気もするが、しばらく考えたものの思い出せなかった。
さて、彼女はどんな愚者であったのだろうか。

その日の夕方、俺はN記念館を見に行ってみた。
いくらか眺めてみたが、記念館の脇の植え込みに抜けられるような隙間はついに見つけられなかった。

愚者の会のことは夢のようにしばらくすると忘れていた。
(つづく)

2017年11月26日日曜日

勤労感謝祭④

じゃりっじゃりっ
ほとんど明かりのない階段を踏み外さないよう慎重に降りていく。
階段には砂が散っていて一段降りるたびに擦れて音がする。
どうやら扉だけでなく、建物の地下部分全体が地上部よりもだいぶ古くのものであるらしく、湿っぽいカビの匂いがした。

じゃりっじゃりっ
階段を降り切ると、そこには煉瓦壁の暗い廊下が続いている。その先がぽわりと明るくなっていて、明かりの元から溢れて来ただろう声々が廊下にぼんやりと反響していた。

明かりの下へと行くと、教室ぐらいの大きさの部屋になっていた。

「どうやら全員揃ったようで」
俺が来るのを待ちわびていたのだろうか、踏み入れてすぐに一人の恰幅のいい男がそう言った。そこにいる人々の視線が俺に集まる。6,7人ほどいるらしい。視線が痛い。

ぱんぱんっ。
さっきは別の男が手を叩く、視線は俺に穴をあける前にそちらに移った。

「皆様、本日はようこそいらっしゃいました」
男はすらりと背の高い鼻筋の通った二枚目で、彼と心を開き打ち解け友情を誓うことはないだろうと密かに思った。

「本来ならば山岸氏こそ音頭を取るのに相応しいのでしょうが、彼は残念なことに急に一世一代の用事が入ってしまったらしく、力不足ながら私が仕切らせて頂きます」

男はそこでコップの水をくくっと飲み、そこから雄々しく宣誓のようなものを始めた。

「この世には三種類の人間がいる。この人の世を回す勤労な者、それに多くの貢献こそしないもの害もなさぬ怠惰な者、そして世を回さぬばかりか勤勉な者たちを掻き乱しその勤勉さの築く白き栄光に墨滴を散らす我ら愚かな者である。我らはこの世に混沌をもたらす者の集い、愚者の会である」

男はまた水を飲む。俺はぽかんとした顔で周りを見渡したが、阿呆のような顔をしているのは俺だけであって、みんな当然のようにその宣誓を聞いていた。
宣誓を終えた男は少しほっとした顔を見せ、続けて話し始める。

「さて、私たち愚者の会も結成から今日で1年を迎えました。この大学で暗躍し、広く人々に多大な迷惑をかけていた有志たち4名がこの会を結成しました。そして、1年の間に新しく同志が増えたことを嬉しく思います。1年の間、私たちは互いに切磋琢磨し合い、大学に渦巻く混沌をこれまでよりも更に深く出来たと感じています。私の運営するメディアである近傍ゴシップ『バビルサ』も知名度をさらにあげ、ここでは紹介しきれませんが、学内壁登り同好会『孤独の人』、ベンチャー宗教『不老不労会』を始めとして、学生たちの間で私たちの話題が出ない日はありません」

「そんな活動知らないぞ!!」
と叫びたくなったが、完全にアウェイの空間の中で叫ぶ勇気もなく、もし「それはお前の友人が少ないからだ」と言われた場合、反論は困難を極めることが予想されたため、喉からせり上がる言葉をグッと堪えた。

「みなさんは日夜それぞれの愚かな行いの従事に忙しいと思われますが、今宵は勤労感謝祭でございます。普段、私たちが被害を与え続けている勤労者たちに今宵ばかりは感謝の意を送ろうではありませんか」

そこまで言うと男は二枚目の顔に軽い笑みを見せた。

勤労感謝祭⑤へ

勤労感謝祭③

俺は身長が高くない。決して低いとは言わないが高くはない。
かつて幼き時は身長順に整列すれば、クラスでも最後尾を狙えるポジションにいたが、中学生の頃にはすでに成長期が終わり、クラスメイト達は次々に俺を列の前へ前へと押し出していった。
しかし声をかけてきた男は俺よりもさらに身長が高くなかった。
ただその瞳は爛々と輝いていて、俺にかつて動物園で見た夜行動物を思い起こさせた。

「聞こえなかったのか?入館証がないなら話はここで終わりだ。すでに時間が押しているんだ」
男の声は苛立っていた。
自分に向けられた突然の怒りを理不尽に感じたが、もしかすると背の高くない私服の警備員なのかもしれない(その時点で可能性はだいぶ低い気もするが)
下手に抵抗の意を見せたら、事務室に補導され、密室でやってもない罪を自白させられ、しばらく陽の光を浴びられなくなるかもしれない。
アメリカなら手に持った物が銃器と見間違えられ、撃たれ、地面に伏すことになりかねないが、ここは日本で、手には山岸から渡されたチラシしかなかった。

「あ、あのすいません。なんのことでしょうか……」
俺は丁重な態度で敵意のないことを示そうとした。
決して自分よりも背の高くない男に少しばかり怯えてしまったわけではない。

男は俺の姿をざっと見て、
「なんだ持ってるじゃないか、入館証。早くついてきてくれ」
と言うと、建物の脇に生えた茂みの合間をするりと抜けて行った。
俺はなんのことかさっぱり分からなかったが、呆けているとまたどやされそうだったので男の後を追った。

道は道と呼ぶには細すぎて、着ていたコートに茂みの枝が次から次に刺さってきた。
男はそんな中を信じられないスピードで進むので、ついて行くのは不可能に感じられ、このまま茂みの中で身動きが取れなくなって人生を終えることになると思われた。
しかし、道はそれほど長くなく、気づくと建物の裏手、建物と塀の間にある小さな空間に出ていた。
男の姿はすでになかったが、見渡すと建物には古びた鉄扉が付いていた。
他に道もなく、ここから入っていったのだろうと思われた。
この建物にこんな扉があるとは、そもそもこんな空間があること自体知らなかったが、他に行く場所もなく、おそるおそるノブに手をかけ扉を引いた。
ぎぃっと音を立て重い扉が開く。

そこには地下へと降りる暗い階段が口を開いていた。

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2017年11月24日金曜日

勤労感謝祭②

勤労感謝の日、とはすなわち収穫祭のことであり、新嘗祭と呼ばれる宮中祭祀の一つである。天皇陛下が五穀の新穀を天神地祇に勧め、また自らそれを食し、その年の収穫に感謝の意を捧げる日であったが、戦後、GHQの指導のもとに勤労感謝の日と改められ、現在は勤労とは言いがたき学生たちに無闇矢鱈に祝日という名の休日を満喫せしめている。

「やけに詳しいじゃないか。ウィキペディアでも読んだかい?」
山岸がコーヒーを飲み干した紙コップをゴミ箱に向かって放り投げる。
コップはゴミ箱で跳ね、寝ていた学生に当たった。が、起きる気配はなかった。

「勤労感謝の日というのは分かるが、感謝祭というのはなんだ。オールスター感謝祭みたいなものなのか」
「まぁそんなようなものさ。島田紳助はいないがね。もともと俺が誘われていたのだが、残念なことにどうも都合がつけれず頭を悩ませていたところ、運良く暇を持て余した友人の存在を思い出し、はるばる学食まで馳せ参上したというわけだ」

山岸はそう言いながらチラシの隅を指差し、
「勤労感謝の日にこの場所に行ってくれ。ただ人数合わせのようなものだから、別に特段なんの用意もいらない。おそらく多少はつまむような物も用意してあるだろう。何か聞かれたら山岸の友人だと言えばこと足りる」と続けた。

「勝手に話を進めているところ悪いが俺にも用事というか、色々と準備しなければならないことがある。すまないが、断らせていただこう」

山岸は聞く耳を持たぬという様子で、ささと荷物をまとめると、
「今更クリスマスに向けて何かしようと思っても遅いさ。遅いのに何かを成そうとしても焦り空回りろくな事にならないよ」と憎たらしく言い、最後に
「それにたぶん感謝祭には女性もいる。そちらの方が芽があるかもしれないよ」
と不敵な笑みで言い残し学食を去って行った。



ーーーーーー

チラシに書かれた情報はわずかで、分かったことといえば「勤労感謝祭」というイベントが勤労感謝の日の夕方にN記念館の地下で開かれる、ということのみであった。

N記念館には何度か散歩がてら入ったことがあるし、学内の講習会で上階を訪れたこともある。しかし地下があるという話を耳にしたことはなかった。

そのためなんとなくチラシ自体が胡散臭く思え、行くつもりもさらさらなかったのだが、それは晩秋の寒さゆえか、普段の生活で女性と交流する機会の少なさゆえか、人恋しさが募った俺の中で「女性もいる」という情報の価値が高まり高まり、気づくと勤労感謝の日の夕方、俺はN記念館の前に立っていた。

さて、正面玄関から入ろうと思い自動ドアの前に立つも何も起こらない。
ぽんぽんと跳ねてみるもドアはしんとして動く様子はなかった。
どうやら一般開放されている時間は過ぎ、自動ドアには鍵がかけられているようであった。
「さては山岸のやつ、俺をたばかったな」
俺は心優しい友人(俺のことだ)を騙した悪童に憤慨し、即刻帰宅し湯を沸かしココアを飲むほかにないと思い、その場をたち去ろうとした。その時だった。

ふいに後ろから声がした。

勤労感謝祭③へ

2017年11月23日木曜日

勤労感謝祭①

昼と夕方のあわい、学食での優雅なティータイムを過ごしていた日のことだった。
幾らかの甘味をつまみながら、静かに喉を潤し、心を潤す。
それは動乱波乱に満ち満ちた学生生活での安らぎのひとときであった。
しかし、そのかけがえのない時間は無粋な侵入者によってかき乱された。

「クイニーアマンにクリームパンにクレープ……よくもまぁそんな甘いものばかり食べられるな」
山岸が困惑と驚嘆の入り混じる顔でそう言った。
おそらくは未開のジャングルで土を食べるサルを見つけた時にするような顔であった。

「ティーブレイクだ。甘いものは脳に良いだろうが」
そう言いつつクリームパンを口に放り込む。やわらかい皮からカスタードが飛び出てくる。至福。
「ティーブレイクたって、紅茶でも緑茶でもなくコーラじゃないか。第一、使いもしない脳に栄養を与えても無駄に肥えるだけだぞ」
山岸は吐き捨てるように言ってブラックコーヒーをずぞぞぞとすする。

学食には机でなにやら勉強したり寝てる学生が数人いるだけで、ただでさえ広い空間がより寂しく見えた。
一人で優雅に午後を過ごす俺のところに、どこからか山岸がやってきた。

「だいたいこんな時間に学食に何のようだ。コーヒーなら自販機で買えるだろ」
「こんな時間にクレープ食ってるようなやつに言われたくないね」
そういいながら山岸はクリアファイルから取り出したチラシを一枚こちらに寄越す。

そのチラシには大きく白ぶちの赤で「勤労感謝祭」と書かれていた。

勤労感謝祭②へ

2017年11月22日水曜日

多重夢

こないだ久々に多重夢を見た。
聞きなれない名前かもしれないが、僕が今考えた。
要は夢から覚めても夢の中、というやつである。
先日はその「夢から覚めても夢」というのを20回は繰り返したように思う。
ハードワークな夢を見たせいで寝起きも良くない。
結局寝直して寝坊した。

ただそこで一つ疑問に思ったことがある。
僕は本当に「多重夢を見た」のだろうか。
夢の中ではおかしな記憶や法則が当然として受け入れられていることがある。
起きてから考えると明らかにおかしいのに、夢の中では普通のことなのである。
僕は多重夢を見たのではなく、「多重夢を見た」という記憶を持った夢を見たのかもしれない。
簡単な例に置き換えると、夢の中でみかんを食べたのか、「さっきみかんを食べたな」という記憶が前提としてある夢を見たのか。ということである。

これはマトリックスのような話、1秒前仮説と同じような話で、その二つを区別することは出来ないように思う。
夢を映像的に分析出来たら、「まさに夢の科学だな(粉川警部)」

2017年11月21日火曜日

どうぶつの森

ぴぴぴっぴぴぴっ
目覚ましが鳴ったのを急いで止め、そろそろと布団から出る。
リビングに移動し、ゲームキューブの灰色のスイッチを押す。
排気の音が気になって、なんとなく布をかけて音を消す。
寝室で物音が聞こえた気がして僕は息を殺して身を潜めた。

ブラウン管テレビの画面でゲームキューブのロゴが転がり、そしてタイトルが表示される。
「どうぶつの森+」
時刻は午前4時、小学生の夏休み、僕はどうぶつの森に激はまりしていた。


親が起きてくるまでの2時間の間に、カブトムシやクワガタをとりまくる。
そう意気込んで、僕は毎朝音を限界まで絞ったブラウン管の前に座り込んでいた。
親が起きて来たら言うセリフは決まっている。
「ちょうど10分くらい前に起きて暇だったから」
当時の僕は借金を返すの躍起になる、健気な小学生だった。

ゲームキューブの時間をいじれると知ったのはそれから数年後のことであった。
僕は時間をいじりカブトムシをとった。クワガタをとった。オオクワガタが高かった。
しかし、不正には代償が伴う。
時間を戻した僕のところに一通の手紙が来ていた。
それは、僕の一番のお気に入り住人だったニコバンの引越しの連絡だった。
僕らはあんなに仲良くしていたのに、ニコバンは出て行ってしまった。
もう会うことは出来ないんだ。
僕は自分の過ちの大きさを嘆き、どうぶつの森は本棚奥深くに封印された。

そして今日、僕は十数年ぶりにiPhoneでどうぶつの森を始めた。
かつて別れた友人を探すために。

2017年11月20日月曜日

市場

家の近くに市場があった。
「いちば」と読む。
もしかしたら「しじょう」だったのかもしれないが、僕たちは「いちば」と呼んでいた。

コンクリート打ちっ放し、と言えばお洒落な感じもするが、実際は薄汚れたコンクリの建物だった。
薄暗い中に幾つか店が入っていて、肉屋やら魚屋やら、そういったいかにも「昔ながら」というような趣の店ばかりだった。
そしてどの店もお婆さんが白い蛍光灯の光の下で、時たま来る客の相手をする以外は、世間話をしたり、ただ天井やら部屋の隅やらを眺めていた。
お爺さんはいなかったような気がするが、覚えていないだけなのかもしれない。

そんな市場に僕は友達と中高の6年間よく通った。
テスト期間や夏休みや、時間があるときには決まって市場の中にあるうどん屋でカレーうどんを食べた。
うどん屋は背中の曲がったおじちゃんと元気なおばちゃんが二人で回していて、僕らはカレーうどんの大盛りに七味をかけて食べるのが習わしだった。
時間によってはもううどんの麺が出切っていて、おじちゃんが「別の麺でもいいか?」と聞くので、そういう時は仕方なくカレー蕎麦や、カレーきしめんを食べる事になった。
カレー蕎麦はもちゃつきが強く、カレーきしめんはきしめんをべらべらする度にカレーが飛び散った。

うどん屋の隣には駄菓子屋があって、そこで駄菓子を買って、友達の家でゲームをしながら食べた。プラスチックの柔らかい容器に入った、洋ナシ型のチューペットのようなジュースを買って、あえて底に歯で穴をあけてて飲んだ。
母は汚いからやめろと言ったが、その飲み方は6年続いた。
あとは適当に安いチョコやらガムやらを買って食べた。
水に入れるとコーラやソーダになる粉薬みたいなやつを、そのまま口に流し込むのもよくやった。口の中が泡でぶくぶくになって楽しい。

そんなことを犬山の駄菓子屋を見て思い出した。
市場はもうなくなってしまって、代わりにスギ薬局が建った。
そこでカップ麺を買ってきて家で食べた。うまかった。

2017年11月19日日曜日

油分

「歳をとった」と感じたのは先日行ったラーメン屋でのことだった。
オススメされた「牛すじまぜ麺」を注文し、運ばれてきた物をかっこむ。
しかし、食べられない。
牛すじに関わらず、肉の脂は好物であったはずだ。
それにも関わらず、半分食べたところで牛すじが全く喉を通らなくなった。
頭で考えていた自分の年齢と、本当の身体の年齢が一致した瞬間であった。
その衝撃たるや。

しかし、油物というのは美味い。
今日は犬山のクラフト祭りに後輩の演奏がてらデートとしけこんだ。
とりあえず串カツを4本買う。
焼きそば、カレー、フランクフルト、メンチカツ、試食の豆、みかんアイス、二度目の串カツ、甘酒とひたすら食べる食べる食べる。
中でもここの串カツはたまらなく美味い。
毎年欠かさず食べまくり、毎年欠かさず胸焼けをする。

今年は美味しいデザートを後輩に教わった。
「あげパンソフト」
目の前でお姉さんがコッペパンを油に突っ込む。
カリカリジュワジュワになったパンに、ソフトクリームを挟み込む。
揚げ物と甘味(しかも冷たい)が合わさった、「魔の食べ物」誕生だった。
味は申し分なく美味しく、ウキウキで食べ切り、油物とアイスの組み合わせに抜群にお腹を壊し、帰りの電車で苦しんだ。また食べたい。

2017年11月18日土曜日

柳橋通過隊

中村区は名古屋駅。
名古屋の顔とも言えるこのすぐ近くに一つの市場がある。
「柳橋中央市場」
いくつもの卸の店が立ち並び、朝に行けばトロ箱が並び新鮮な魚がそこら中で売られている。バナナ一房(2,30本ついたやつ)が50円で売ってたりもする。
僕はこの市場街を月に何度となく通り過ぎている。
それは月に何度となくミッドランドに映画を観に行っていることとイコールであり、定期の通っている栄や久屋大通から名古屋駅まで歩くことで、往復の400円を浮かせようとする僕の吝嗇ぶりとニアリーイコールである。
柳橋中央市場だが、歩いてみると卸の店だけでなく、ちょっと入って食べられるような飲食店も様々に並んでいる。
考えてみれば、すぐそこで買ってきて営業が出来るのだから当たり前といえば当たり前なのだが、こういう店を見ながら歩くのも割と楽しい。
肉専門ビストロがあり、寿司屋は当然何軒もあり、天ぷらがあり、鮮魚を歌った居酒屋が星の数ほどとまでは言わないが、惑星の数よりは多く店を構えている。
本当ならば寒い夜はこういった乙な店で、魚の燻製でもつまみながら熱燗をひっかけたいところだが、400円を浮かすために歩く男がすることではない。
しかたがないのでせめて自販機で水でも買おうと120円を入れてボタンを押したが、「がこっ」という音だけが落ちてきていろはすはどこかに消えてしまった。
柳橋の夜は寒い。

2017年11月17日金曜日

理解度の乗算

海外から外国人の先生が来た。
教授の知り合いで、とある病気に自分の名前がつくような超研究者らしい。
もう80をまわるというのに精悍な顔つきで研究に対しての姿勢が凄い方だった。

せっかく日本まで来たので、ということで専門についてセミナーをしてくださる事になった。
しかしここに大きな問題があった。
実はその先生の専門はうちの研究室の分野とは割と離れているのである。
果たして、僕らはせっかくしてくださるお話を理解できるのだろうか。
少なくとも内容として、僕は全体の半分くらいしか理解できないと思っていた。

そして更なる問題、というか当たり前なのだが。
セミナーは英語であった。
英語のリスニングが出来るか、といえばまぁ出来ない。
おそらく僕の研究分野を英語で説明されたらこれも半分くらいしか分からないだろう。

これが二つ合わさると悲惨な事になる。
単純に計算して、50%の50%である。25%である。
25%しは話が分からないとなるとどうなるか。
話してる内容の4分の1どころではなく、言葉が飛び飛びにしか耳に入ってこない。
なんとかスライドを見て理解しようとするが、スクリーンには見慣れないグラフが並ぶ。

結果、全体の1割理解出来たかどうかという恐ろしい状況になった次第である。
悔しいというか、みじめというか……むごたらしい…………

仕方がないのでサウスパークを見て勉強しようと思う秋の夜長。

2017年11月16日木曜日

慰霊祭

昼過ぎ、大学からのバスに乗って農場へ向かう。
約30分、バスの中で唯一カーテンのない非常口の横の椅子に座ったせいで、顔の右側だけが日焼けしたような気がする。
天気は快晴、気持ちいい秋晴れだったが、とにかく寒い。
風が吹くたびに体温が奪われていくのをひしひしと感じた。
今日は年に一度の慰霊祭である。
一年の間に用いた実験動物を弔う。我々は業が深い。
一人一人が慰霊碑の前に花を手向け、手を合わせる。
やはり宗教的な要素はない慰霊碑なのだろうか、などと考えながら寒さに耐える。
代表の教授が各研究室から報告された実験動物数の合算を読み上げる。
各研究室からの報告数を合わせると全部で万はゆうにこえている。
不謹慎だが、この時に珍しい動物の名前が上がるとなんだか面白い。
マウス、ラット、ジャンガリアンハムスターを始めとして、そのうちスンクスやモモンガの名前も出てきた。
久々に農場に来たのでヤギやウシも少し眺めて行く。
3年前に僕が担当していたウシはもういない。
みんなが農場の雌牛を世話する中、僕の担当は生まれたてのウシだった。
遼一と名前をつけ可愛がっていたが、名前からも分かるように雄だったので肥育農場へと売られて行った。美味しい黒毛和牛になっただろうか。
そんなことを思いながら、干草と獣の匂いを後ろに農場を後にした。
また来年。

2017年11月15日水曜日

マグカップ

「やはり不便だなぁ」
研究室の居室で僕は思う。

時刻は15時過ぎ、昼食後の眠気が過ぎ去ったあと、第二陣の眠気がやってくる頃。
ここで一杯ブラックコーヒーを決めたいな。

コーヒーを飲むには二つの方法がある。
一つはコーヒーを買うこと。
学内の自販機にはほぼ必ずコーヒーが並んでいるし、カフェもいくつかある。
安さにこだわるなら、居室でも缶コーヒーが一本50円で買える、
失礼にあたるかもしれないから、味には言及しない。

しかし、これが毎日となると出費が痛い。
出来るだけ安く美味しいコーヒーが飲みたい。

そこでもう一つの方法、コーヒーを作る、という手段にでる。
引き出しの中に溶かして飲めるコーヒーを入れておけば、安い値段で割と美味しいコーヒーにありつくことができる。
実際、みんな自分の引き出しにコーヒーの素をしまっている。

実は僕もバナナの横にしまっている。
しかし、困ったことに僕にはマグカップがない。
家でも探してみたけれど、研究室に持っていける「ちょうどいいくらいにいらないマグカップ」がない。どれも持っていくには惜しい。

以前の研究室の居室には、もしかするとまだ僕のマグカップが残っているのかもしれないけれど、そちらに足を運ぶ気にもなかなかならない。

そんな悩みを抱えながら、ペットボトルに浄水器から水を入れて飲む。
眠気が払えないティータイムが今日も過ぎていく。

2017年11月14日火曜日

バナナ

Hi!!エブリバディ!!!
みんなはバナナ好きかい!? 僕はもちろん大好きさっ!!!

えっ??? 私はバナナが好きじゃないって???
特に青臭いスメルが受け付けないって!?!?

おいおい、ちょっと待ってくれよガール!!!
君はバナナの熟成ってもんが分かってないぜ!!!
どれぐらい分かってないかって???
ワイフが僕の気持ちを分かってくれないのと同じくらいさ!!!
(HAHAHAHAHA)

バナナを熟成する方法は簡単、君だってすぐに出来ちゃうぜ!!!
まずは紙袋を用意してくれ!!
おいおい、ちょっと待ってくれよボーイ!!!
それはなんだい?? ビニール袋?? 袋なら同じだって???
ノンノンノン、それが違うんだ、よーく聞いてくれよ!!
紙袋とビニール袋の違い、それは空気をよく通すかI. NA. KA!!
実は適度に水分が飛ぶことが熟成には大切なんだ!!!!

紙袋にバナナを入れたら、数日ほど暗い場所に置いてやってくれ!!
バナナをベイビーみたいに、ゆっくりおねんねさせてやるんだ!!

そうするうちにバナナにシュガースポットが増えていくんだぜ!!
これは外に放置して熟成した時よりも若干茶色いのが特徴だ!!
そしていざバナナの皮をむいてみると…………アンビリーバボゥ!!!
バナナの皮が極薄になっちまってるんだ!!!
これが紙袋熟成のだいごみだ!!! 極薄バナナにワイフも大喜び!!!

味は甘みが増して、熟成を重ねるほどにアルコールのような風味が増していくぜ!!
さあユーも、レッツ バナナ エイジング!!!!

2017年11月13日月曜日

外食

東京に「原価率研究所」というカレー屋さんがある。
200円という破格の値段でカレーを提供しているお店なのだが、前にインタビューの中で「味をあえて落とした」と答えていたのが印象的だった。
なぜ落としたかといえば、その店の理想は「毎日食べられるカレー」だったからだ。
つまり、美味しすぎるカレーは毎日飽きずに食べることが難しいのだ。
これは外食において必ずしも「味」が最上位にこないことを意味している。

人はそ外食に何を求めるだろうか。
一番単純なところに「腹を満たしたい」という願望が位置するだろう。
料理しなくて良い、という利便性も重要だ。
また「まだ食べたことがないものが食べたい」という興味・好奇心が多くを占める時もあるだろう。
ポイントを貯めたいというマニア精神のためや、インスタ映えする写真や話題作りのために外食することもある。
さらに、大盛り、ゲテモノのようなアトラクションとしての機能を期待することもある。
考えてみると「味」以外の要素はとめどなく思いつくだろう。

コンフォート・フードという概念があって、心地よい記憶と結びついた食事はその人にとって特別な存在になりやすく、なかなか断つことが難しいそうだ。
家庭で家族団欒で食べた料理などが特別な存在になるだろうことは想像に難くないし、「おふくろの味」に一役買っているのかもしれない。

マクドナルドにはかつて店舗の横に子供のアスレチックスペースがあったものだ。
ここに連れてこられた幼児はマクドナルドを特別で素敵な場所だと記憶に刻み込むだろう。アメリカでは以前そんな理由から社会問題になったこともあるらしい。

自分は何となく「美味いものが食べたい」という理由で外食をしていたつもりだったが、思い返してみれば上述の理由が少なからず関わっているように感じるし、もしかすると「味」の面をそうした要素が超えているものもある気がした。

そんなことを思いながら板チョコをほおばっている。

P.S.
喫茶マウンテンに美味しさを求めたことはない。念のため。

2017年11月12日日曜日

鏡ヶ池④

「いやいやご苦労様としか言いようがないね。本当に助かったよ」

山岸は手をこね、にやにやしながら茶封筒をカバンから出しこちらに寄越す。
ガーに遭遇した翌日、報告のため俺はまたCal:BOで山岸に会うことにした。
モーニングが終わったばかりの店内は、あいも変わらず俺たちの他に客はいない。
マスターが趣味でかけたボサノバだけが静かに空間を埋めている。

「それは成功報酬……みたいなものかな。まぁ後で確認しといてくれ」
山岸はそう言うと、マスターを呼びコーヒーを注文した。
ついでに奢らせてやろうと、俺もモンブランとコーヒーを頼む。

あの日、飛び上がったガーは、池に戻った後もしばらく水面あたりを遊ぶように泳いでいた。
俺は山岸に渡された紙の内容を大声で読み上げた。


「兄弟よ、先に立つことを許してくれ
はらからを残していくことがどれほど辛いかお前にもわかるだろう
どうやら私は極楽に行けるらしい
この異国の地で疎まれた私が極楽に行けるとはなんとも不思議なことだ
だから私のことは心配するな お前はお前の成すべきことをしろ」

以上を読み上げるのに7回の息継ぎをし、最後に激しくむせた。
ガーに聞こえたかは些か疑問だったが、ガーは少ししてから再び深く深くへと潜っていった。姿はすぐに見えなくなった。

モンブランを食べ、山岸と世間話をしばらくしてから家に帰った。
コートのポケットの物を布団の上に投げ捨て、自分も身を投げ出す。
寝転びながら茶封筒の口を破る。中から今回のバイトの二日分ほどの給与が出てきた。
これが成功報酬というやつか、と思ったが、札の間に一枚の紙が挟まっていた。
紙は栞のような大きさで、釈迦と二匹の異国情緒あふれる魚の絵が描かれていた。



その夜、夢を見た。
金属のように光る鱗の魚の上に、お釈迦様が立っている。
池で見た魚よりも薄白く、それがガーの兄弟だと俺には分かっていた。
お釈迦様は何も言わずにこちらを見ていたが、やがて魚とともにどこかへと消えていった。

次の日、昼前に目覚めた俺は布団を何度かひっくり返したが、ついぞ栞を見つけることが出来なかった。
代わりに枕元で見覚えのない小さな赤い布の袋を見つけた。
その布袋からは、樟脳に少し似たどこか優しく懐かしい香りがした。


P.S.
後日そのことを山岸に伝えたところ、「おそらく匂い袋だろう」と言っていた。
それから少し黙ってから、「そういえば、あのガー。どちらがお兄さんだったんだろうね」とつぶやいていた。
魚に兄も弟もあるのかと思ったが、なんとなく鏡ヶ池のガーが弟のような気がした。
池で張りこんでいたせいか俺は風邪を引き、再履修の講義でCを取った。

2017年11月11日土曜日

鏡ヶ池③

それからの5日間、俺は健気にも鏡ヶ池の木陰で水面を眺める日々を送った。
(留年をするような人間が)なぜそこまで熱心に池を眺められたかと言えば、ランチのおごりだけでなく、先払いで貰った謝礼が思いのほか良かったためである。
お陰でコンビニのホットスナックを食べながら水面を眺められた。
実を言えば、何度となく池にいると連絡してサボろうとはしてみたのだが、その度にどこで監視していたのだろうか、山岸からそれとなく嫌味な電話が入ってくるのである。
そのためサボタージュも敵わず真面目に通う羽目になった。

最初の4日間は足の疲れのほかに、特に何も得るものはなかった。
木陰にいるとはいえ、日中外にいたため多少日に焼けただけである。
やや小寒い風に頬を撫でられながら本のページをめくっては時々水面を確認したりしていた。
池は透明度の低い水をただずんと湛えているばかりである。

それは俺が通い始めて5日目のことであった。
そろそろ本や漫画を読みながら、水面を時折確認する仕事にも飽きが出始めた頃で、ぼちぼちこの日々から引退し、日常生活(といっても大してやっていることは変わらないのだが)に戻ろうかと思っていた頃のことである。
天気は曇り、風は西向きにやや強く、なんとなく空気もどんよりと重たい日であった。
おやつに、と持ってきた菓子パンを袋から頬張っていた午後3時過ぎ。
やおら池が賑わいを見せ始めた。

最初は水しぶき、その水音しか分からなかったが、よくよく見てみると大量の魚が水面を割るように池の端へと我先に泳いでいるようだ。
魚の群れはぬらぬらと重い曇光を反射し、あたかも湖央から広がる一つの大きな水紋に見えた。
ただならぬ雰囲気に菓子パンを放り出し(実際にはカバンの上に優しく置いた)、池へと近づく。
その瞬間、池の中央から巨大な塊が宙へと飛び出た。
大きさは身の丈の三倍をゆうに超し、黒々とした黒鉄色の体が鈍く光る。
瞼を持たぬ笑えるほどに大きな目がぬるりこちらに向く。
それは、まさにガーであった。

鏡ヶ池④(最終)へ


2017年11月10日金曜日

鏡ヶ池②

先月末、妙音通に住むとある老人の夢にお告げがあった。
気が付くと老人は見知らぬ場所に立っていた。
周りは雲の上のようにふかふかとしており、老人は自分が死んだのだと思い込んだ。
その時、何かが老人の方へと宙を泳ぎ近づいて来た。
「龍だ!」と咄嗟に思ったものの、近くで見るとそれは巨大なアリゲーターガーであった。そしてその上に乗っていたのは、覚王山は日泰寺に眠っているとされる、お釈迦様であったのだ!!
「このガーはお城の堀で捕えられたガーだ。このガーも、名古屋の地に兄弟を残したままでは気が気でなく、極楽浄土へと上がって行くことも儘ならぬと申す。そこでお前に一つ仕事を頼みたいのだ。鏡ヶ池にいる兄弟ガーに一つ遺言を伝えてやって欲しい」
とお釈迦様は語った。
この老人、実はお堀での捕獲作戦に一役買った地元の名士で、信心深い仏教徒であったから、夢から目覚めてからはてんてこ舞いの大騒ぎであった。自ら老体に鞭打ち、何度も鏡ヶ池を訪れたがガーに会えるべくもなく、季節の変わり目で体調も崩し、さてどうしようかと困り果てていたところ、どこからか話を聞きつけた山岸がニヤつき顔で救いの手を差し伸べにやってきた、というわけだ。

俺には可哀そうな老人を山岸が上手いこと騙したようにしか思えなかったが、以上が山岸の話をまとめたものだ。

「だからと言って、なんで俺がそんな役目を担う羽目になるのだ。お前が自分でガーとやらを探しに行けば良いだろう。」
「いやそれがなかなか忙しくてね。それにお前は暇だろう」

山岸がジェノベーゼの最後の一巻きを口へ運びながらのたまった。
誠に失礼なやつである。一体俺のどこが暇だというのだ。

「留年の原因になった単位もほぼ取り終えて、後期はほとんど講義もないそうじゃないか。時間は腐るほどあるだろう」

痛いところを突かれた。言うなればあばら骨のあたりを強く突かれた感じだ。

「講義がないからと言って暇というわけではない。俺にも色々と都合というものがある」
「もちろん謝礼は支払うともさ」

謝礼か……悪くない。
しかし、どうも馬鹿げた与太話に聞こえる。
そもそもアリゲーターガーに出会えるとも思えない。

マスターが食後のコーヒーとケーキを持ってくる。
ブラウニーの上のストロベリーソースがてらてらと眩しい。

山岸はコーヒーをすすりながら
「それに首を縦に振らなきゃ、鉄板ナポリタン及びコーヒー、あとそのケーキの料金は支払わないぜ」と言った。

痛いところを突かれた。みぞおちのあたりだ。

俺は無言で財布を取り出す。ふにゃりと根性なく曲がる。
お札入れには何も見当たらなかったので、小銭入れを開けて軽く振る。
一枚の50円玉が財布から転がり、そして砂糖のポットに当たってかつんと寂しい音を鳴らした。

2017年11月9日木曜日

鏡ヶ池①

「鏡ヶ池にはアリゲーターガーがいる」
俺は鉄板ナポリタンで口の周りを赤く染めながらそんな話を聞いた。
先週の木曜、大学側の喫茶「Cal:BO」でのことだった。

「前に名古屋城のお堀で一匹捕まえられただろ。実はお堀にガーを逃したやつと、うちの大学の池にガーを逃したやつは同一人物らしい」
ジェノベーゼを教科書どおりスプーンの上でフォークに巻きながら山岸が続ける。
二限の授業を抜け出してランチにスパゲッティと洒落こんだだけあって、Cal:BOの店内に山岸の通る声がよく響いた。

「一体誰にそんな与太話を聞いたよ」
俺は吸いこむようにして最後の麺を飲み込んだ。
ずるずる音を気にしなければ人間はこれほど早くパスタが食べられるのだ。
常識に縛られた食べ方しか出来ない山岸の皿には、まだ半分以上ジェノベーゼが残っている。俺は心の中で勝ち誇った。

「信頼できる情報筋からだよ。なんといっても俺はお前より友達が多い」
山岸は巻いたパスタを口に運ぶが、フォークから飛び出したパスタの先が口の横に緑の線をつける。不器用なやつだ。

「まぁ要するに、鏡ヶ池のガーはお堀のガーの兄弟らしい。そこで一つ頼みがある」
山岸は3枚目のナフキンを引き出して顔を拭く。
食べ終わる頃にはナフキン立ては空になるのではないかと思われた。

「頼みとは一体なんだ」
俺は少し警戒した。前回の色々が脳裏をよぎる。

「なに、そんなに大したことではないよ。君にぴったりだと思う」
そう言って、山岸はナフキンを放った。

「鏡ヶ池のガーにことづけを頼む」

丸められたナフキンがテーブルを転がった。


鏡ヶ池②へ

2017年11月8日水曜日

君はバーガーキングを知っているか

バーガーキングが好きだ。
バーガーの王を名乗っているだけはある。
バーガーキングはハンバーガーではなく「バーガーキング」である。これは以前の記事を読んだ方なら納得して頂けると思う。共感はしなくても理解はして頂けると思う。

君はバーガーキングの店の前に立ち、自動ドアが開くと共に店内へと入る。
レジの前に立ち注文をする。もちろん選ぶのはワッパーだ。
バーガーキングでこれは譲れない。小腹程度であってもワッパーを選ぶべきである。
なぜならワッパーこそがバーガーキングの全てであるからだ。
直火で焼かれたパティの香ばしさ、甘露がごときソース、ちょうど良いバンズが素晴らしい。そして、なんと言っても野菜が多い。マクドナルドでは姿を消したトマトも立派にご健在である。
(念のために言っておくと、ワッパーとはデカいバーガーである。ダブルチーズバーガーよりもデカい)

あとフライドポテトが美味い。
フライドポテト、フレンチフライ、チップス……好きなように呼んで欲しいが、店によって結構ばらつきがある商品である。
おしゃれに皮付き半月に切られたポテトよりも、マクドナルドのようなスティック状のポテトが僕の好みだ。
想像して欲しい。
マクドナルドのポテトを一回り太く、よりホクホク、薄カリにしたポテトこそがバーガーキングのポテトである。脂もマクドナルドより上品な味がする。
(時々祭りで売っている細くてカチカチの洋風芋けんぴのようなポテトや、「モチモチ」という名のだるだるなポテトは論外である)

さて、ウィークポイントとしてはマクドナルドよりも若干値段が張る。
しかしマクドナルドの値段も上がっている昨今、少し贅沢してバーガーキングを食べてみることをお勧めしたい。
名古屋ならば千種イオンと上前津に店舗を構えている。
是非一度足を伸ばして欲しい。
(正直なところワッパー以外の商品は僕には響かなかった。ワッパーを食べろ)

2017年11月7日火曜日

欠席理由

まず最初に謝罪から入らせて頂きます。
私が午前の講義を欠席してしまったことを申し訳なく思っております。
しかし、それにはやむにやまれぬ理由があったことをここに申し開きさせて頂きたいのです。

まず一限でありますが、これは健康に十分な睡眠を取った結果であるため仕方ないのです。
もし、私が健康を犠牲にしてまで講義に間に合う時間に起きていたとしましょう。
虚ろな目で重い身体を引きずり学校へと向かう私。前後不覚にふらつく足取りでは、もしかすると、いや必ずや大きな事故を招いていたであろうことは想像に難くないでしょう。
そもそも何故早く眠りにつかなかったのか、と疑問に思い、あまつさえ私の行いを責める声も上がるでしょう。しかしそれは無知が故である以上、私は寛大な心で受け入れる用意がございます。
私が眠れなかったのは、何を隠そう一限に期待する心の大きすぎたためなのです。
学業へかける強い想いは私の目を爛々と輝かせ、遠足の前日の子供がごとく私のまぶたの閉じる機会を奪ってゆき、結果一限への出席が叶わなかったというのは、なんとも皮肉な話ではないでしょうか。
ここまで聞いた上で私を責めるような、そんな暴虐な行いが出来る人間などいますか(反語)

では二限には何故来なかったと、あなたはそうおっしゃりたい。分かります。
ならば、ここでその事由の一部始終を徹頭徹尾お伝えするしかないでしょう。
安全に登校出来るだけの睡眠を獲得した私が目覚めたのは、惜しくも二限に少しばかり間に合わないような時刻でした。
ならば、遅刻してでも出席出来ただろうと、あなたはそあおっしゃりたい。それも分かっていますよ。
しかし、これにもれっきとした考えあってのことなのだ。
二限が始まっている教室、熱い講義が繰り広げられ、受講生の目は黒板へと釘付けになり、頭の中には極彩色に学問の世界を描き始めていることでしょう。
そこに、なんとも不躾に私が遅れて入ってくる。
熱され膨張していた空気は急激に冷やされて萎み、窓には結露がしたたります。
受講生の目は私をチラと見た後にスマートフォンへと移行し、頭の中の学問の世界からは色が失われ、灰色の瓦礫となって崩れゆくのです。
あぁ、そんな残酷なことが私にどうして出来ましょうか。
いくら致し方ない理由によって遅刻することになったといえ、多くの人間が築いた美しい世界に亀裂を入れるような行いが許されようもありません。
だからこそ私には二限の講義を敬して遠ざける以外の選択肢がなかったのです。
学問への敬意ゆえの欠席であったことは皆様の心に刻んで頂きたいのです。

以上の理由から私は午前の授業をやむなく欠席するに至ったわけです。
ではなぜ、三、四限にも来なかったか、という問いが立てられるでしょう。
それはここまでの話を聞いた聡き皆様におかれましては、あえて説明するまでもないことです。全ては自然と導かれるはずです。

ここから先は自分の目で確かめてくれ!

2017年11月6日月曜日

通信制限

通信制限になった。
11月が始まって2日目の事である。
我が目を疑ったが、確かに今月の通信量が6GBを超えていた。
正確には初日の通信量が6Gであった。

普段遊んでいたアプリゲームは通信をほとんどしない。
それと同じ調子で新しいゲームを始めたところ、どうやら「結構通信しちゃうゲーム」だったらしい。謀られた。ギガが減ってしまった。
いくら自身のふるまいを恥じてみたところで、我がギガが戻ってくるわけではない。

通信制限にかかると何が困るか。
それは至極単純である。Twitterが出来ない。
バズりまくってRT数もファボ数も激しいツイートの画像が表示されない。
ツイートの内容から画像の内容を推測しながら数分待ってようやく画像が表示される。
嬉々として画像を拡大するも、完全には読み込めていなかったらしく、画面いっぱいにモザイクが広がる。苦悶である。

知り合いが気になるツイートをしている。見るとリプ数が2になっている。
しかし、通信制限のスマホではリプ欄を見ることは叶わない。
悶々としながら家に帰り確認。すると一連の話は終わっていて完全に機を逃す。

そんな生活をさらに今日からあと25日送らなければならない。
名古屋の街では十分なWifiは全く期待できない。
地下鉄や店舗のWi-Fiは繋がない方がマシなくらいだ。
休日の外出はしばらく出来なさそうである。

2017年11月5日日曜日

11/5

川名から桜山まで歩いた。
桜山は好きな街だ。
真ん中を古い商店街が貫いていて、街並みを見ているとどこかほっとする。
うどん屋、和菓子屋、古本屋。
店々の前を通り過ぎ、名古屋市博物館にたどり着いた。
今日はピーター・ラビット展の最終日である。
ベアトリクス・ポッター、百年と少し前に彼女が描いた原画を見にきた。
ポッターの描く動物は、彼女の観察と解剖学に基づいた精巧なものだ。
それが二本足で駆け回るから面白い。
そもそも彼女がピーター・ラビット以外にこれほど多くの絵本を描いていた事自体が初耳であった。ウサギに始まり、ネズミ、リス、カエル、ガチョウ…………

展示室と同時に彼女の世界から出る。

桜山からもう少し足を延ばそう。
さらに道を辿り瑞穂運動場を目指す。途中で昼飯。
しばらく歩き瑞穂文化小劇場へ。
下の図書館でしばらく時間をつぶす。ついでにカードを再発行した。
やったぞ、これで本が借りられる。

15時になった。合唱を見に行く。
ホールいっぱいに人の声が響く。
ホールの万分の一程度の小さな声帯から生まれた音が空間を埋め尽くす。
普段から聞き慣れない僕には上手く表現ができないが、それは精強で感傷的で讃歌であった。
会場を出るとすでにあたりは暗くなっていた。
川の流れに並び、また川名を目指した。

2017年11月4日土曜日

朝、目が覚めた時、さっきまで見ていた夢を覚えてないことがある。
その夢はどこへ行ってしまうのだろう。

プレーステーションのゲーム『風のクロノア』のオープニングである。
夢をよく見るだろうか?
余談だが日本語でも英語でも、将来の夢と寝ている時に見る夢を同じ言葉(夢/dream)で表すのが面白い、という話を聞いたことがある。今は後者の話だ。

僕は普段あまり夢を見ないが、二度寝した時はほぼ必ず夢を見る。
運良くか悪くか、良い夢を見ていると、「すごくいいストーリーだった!続きを見逃せない!!」と思い、二度寝が三度寝、四度寝になることがままある。
昔、少しの間(すぐに飽きた)、夢日記をつけていたことがあるのだが、まどろみの中での「素晴らしい物語」は、覚醒後に読むと破綻に破綻を重ねた構成であることがほとんどである。夢の中での論理は、現実の論理とは中々重ならないものである。

これが悪夢になってくるとまた厄介で、ひどい悪夢を見た時は自分の叫び声で目覚めることが多い。僕が見る悪夢は概ね「虫」関連で、夢占いを調べたところ「人間関係嫌悪」とあり、甚だ納得した。
軽めの悪夢としては、待ち合わせをしている日に寝過ごした夢で目が覚める。だいたい早朝に覚醒し、再び眠りにつく気分にならないのが、また難儀である。

寝る前に悩み事などしていると、ろくな夢を見ないようなので、諸兄におかれては、無心で眠りにつく事をオススメする。無心には数を数えるのが良い。

まろみまどろみ。

2017年11月3日金曜日

知恩寺古書市収穫祭

京都は知恩寺で開催された古書市で買ってきた本を紹介する。
今日はそういう日だからご了承を願おう。


《食べ物系》
ゴマの来た道(1986)
エビと日本人(1988)
世界の魚食文化考(1991)
アユと日本人(1992)
日本人のひるめし(2001)
バナナと日本人(2006)

《動物系》
日本人の骨(1963)
サルの赤ちゃん(1964)
進化論の歴史(1969)
パンツをはいたサル(1984)
サルはなぜ群れるのか(1990)
自然保護という思想(1994)
人間はどこまで動物か(1994)
いのちとリズム(1994)
分子生物学入門(2002)

《文系》
かな(1969)
ホモ・モーベンス(1974)
象形文字入門(1978)
詭弁論理学(1980)
噴版 悪魔の辞典(1986)
コミュニケーション技術(1986)
現代論理学入門(1987)
活字のサーカス(1987)
沖縄の歴史と文化(1987)
人はいかに学ぶか(1989)
シャーロック・ホームズの履歴書(1989)
激動の東欧史(1990)
私のロマンと科学(1990)
日本文学史(1990)
インドの大地で(1991)
シャーロック・ホームズ鑑賞学入門(1992)
リンボウ先生偏屈読書録(1995)
旅行のススメ(1996)
芸人(1997)
文化人類学入門(1997)
吟醸酒への招待(1997)
現代たばこ戦争(1999)
童話の国 イギリス(2001)
アメリカ 過去と現在の間(2004)
まともな人(2004)
世にも美しい日本語入門(2006)
老いていくアジア(2008)
ブラジルの流儀(2011)

以上43冊である。
しばらくは読む本に困らなさそうだ。

2017年11月2日木曜日

朗読

朗読バトルを見に行ってきた。
バトルという名の割にはのんびりとしたフレンドリーなイベントである。
朗読する人間が三人、投票する観客が10人前後の小さなイベントだった。

それぞれのスタイルで朗読が始まる。
優勝したのは『100万回生きた猫」を読まれた女性だった。
そんな情景をウイスキーをちびちびやりながら観ていた。

人が何か言葉を発するのが好きだ。
独唱、独白、朗読……一人で何かを喋るのを聞いているのが好きだ。
会話を聞くのはそれほど好きではない。
ただ独りで喋っている声を聞いているのが好きなのだ。

いつから好きになったのか、ということをしばらく考えてみた。
小学校の時に朗読のCDを授業で聞いた記憶がある。
しかし、僕の食指はそれほど動いた覚えはない。

となると、思いつくものが一つある。
『ぼくのなつやすみ』
というプレーステーションのゲームがある。
主人公が田舎の親戚の家で過ごした一夏を思い出すゲームだ。
大人になった「ぼく」のナレーションが強く印象に残っている。
その感情を込めすぎない声が、もうどこにもない田舎の風景と合わさって、心の中にスタート地点を刻んだ。
そんな気がする。



追伸

ナレーションを担当したのはたけし軍団のダンカンである。ばかやろう。

2017年11月1日水曜日

ハンバーガー

一番美味しいハンバーガーはマクドナルドである。
これは私の持論であるが、既に四方八方から罵詈雑言が手裏剣のごとく投げつけられているのを感じる。
しかし、「いや、モスの方が美味しいでしょ」「バーガーキングのが美味い」「名古屋には美味しいハンバーガーがないの?」などという意見に対して、今日は一言を書き残しておきたいのだ。
モスやバーガーキングはハンバーガーではない。
あれらは「超ハンバーガー」であり、ハンバーガーを超えた存在なのだ。

ハンバーガー。それはアメリカで生まれ、いつしか資本主義・画一主義の寵児として祭り上げられた食べ物である。
安い賃金で雇われた労働者が、誰にでも(ある程度は)出来る流れ作業で作り、安い値段で提供されるジャンク・フードなのだ。
そうであるなら、モスやバーガーキング、小洒落たカフェで売られている「ハンバーガー」と名のつけられた食べ物は、ハンバーガーという概念から外れてしまったと言わざるを得ない。ロッテリアは単純に好みでない。

つまりマクドナルドこそが、ハンバーガーと呼べる範囲の中で最も美味しい、逆を返せば美味しすぎないギリギリのラインを攻めた、「一番美味しいハンバーガーチェーン」なのである。
中でもまさにハンバーガー(無印)は100円で買える事が信じられない美味しさである。
普段100円玉を1枚握りしめ、昼食選びに悩んでいる自分にとっては感涙と言っても過言ではない。お金がある時はチーズバーガーも食べられる。
ちなみにお金がある時はビッグマックを食べる。野菜が多くてヘルシーだからだ。
I’m lovin’ it. みんなにも良いマクドナルドライフを送って欲しい。


追伸
映画『スーパー・サイズ・ミー』には「1日にビッグマックを2つ食べる」という猛者も登場していた。私もそんなブルジョワジーになりたいものだ。

2017年10月31日火曜日

一個飛ばし

「これをやったら通ぶれるのではないか」という手法を密かに一つ持っている。
名付けて「一個飛ばし法」である。

これは至って簡単なメソッドである。
例えば、友人が急に手首から糸を出した時を考えて欲しい。
パーフェクトにインクレディブルな一般ピーポー(パイパンピー)の皆さんは「スパイダーマンかよ!」と浅いツッコミを入れることだろう。
ここは一つ飛ばしの手法を用いて通ぶろう。
この場合、「まるでピーター・パーカーだな」が最適解である。
ついでに語調も合わせてアメリカ映画風にしてある。

このように糸→スパイダーマン→ピーター・パーカーの図式で間を飛ばすことこそが、「一個飛ばし法」の真髄である。
注意すべきは、相手との間に共通の知識があることが前提である点だ。
でないと、「まるでピーター・パーカーだな」「What???」となる危険がある。
「スパイダーマンっていうのはピーターがスパイダースーツを着た姿で……」と説明することになったら悲惨で目も当てられない。僕はよくやる。
相手はおそらく君のことを「話のつまらないクソオタク野郎」だと思うことだろう。僕もよく思われる。

この点にさえ注意すれば、この手法は最強!
マッチョマンには「クラーク・ケント」、金持ちには「ブルース・ウェイン」、ハンマーを振り回す男には「浅野忠信と共演するハリウッドスターは落ち目」と言ってやろう!!
Have a good geek life!!!!

2017年10月30日月曜日

自由

昨日、書店で開かれたイベントに参加した。
併設されたギャラリーで、当日配られた文庫本を、静かな音楽の流れる空間で読む、という趣向のイベントである。
台風が近づいできた日のことであった。僕は半分壊れた傘を差し、書店へと出向いた。
古いアパートに入り階段を登る。2階の一室にそのギャラリーはあった。
会場はこじんまりとまとまった空間で、10脚ほどの椅子が散らばって置いてある。
受付で名前を言い、「紅茶か珈琲」という質問に「珈琲」と答えた。
席は自由らしい。壁際の机、その椅子に座った。
椅子に座ると白く塗った壁で視界が埋まる。白い厚塗り。
木でできた素朴な盆の上に一冊の文庫本が置かれていた。
すぐに予定された時刻になった。本を覆っていた紙を取り去る。

『メルヒェ ン  ヘルマン ヘッセ』

ぺらり、と表紙をめくる。
どうやら幾つかの短編が載った大人向けの童話集のようだ。
最初に置かれた童話を読み始める。

『アウグスツス』

部屋には静かに音楽が流れている。
風、雨下を走る車、部屋の隅で鼻をすする男。
はじめ耳に入って来ていた音が次第に遠くへと離れていく。

アウグスツス、愛を知らぬ少年の話

何篇かの童話を読み終えた時、店員が時間を告げた。
いつの間にか一刻ほどの時間が過ぎていた。

いつぶりだろうか。「本を読むように」と命じられた、命じられてないにせよ、そう仕向けられたのは。他の雑事に気をやらず、ただ本を読むことが許され、薦められたのは。

階段を降りアパートを出る。
雨はより強さを増して地面をうち、木は風にあおられて大きく揺れていた。

2017年10月29日日曜日

仮装現実

栄は仮装した人々で溢れていた。
広場で何か催しをやっているのだろう。改札を通り抜け次から次へと面妖珍妙な一味が歩いていく。
妖怪に化ける者あり、ただフィクションに化ける者あり、顔に模様を描いただけの有象無象の魑魅魍魎あり。
あいにくの台風だというのに、僕の前を通り過ぎて行く人々は、みんながみんな笑顔であった。
ハロウィン。生者と死者の世界が混ざる日である。
死者の仮装をした人々は生気をおびていた。
そんな風景を眺めながら、生者の仮装をして日々を暮らしてゆく人々に思いを馳せた。

2017年10月28日土曜日

予測行動

体力の予測、というのが難しい。
無尽蔵な体力を持つティーンの方々には分からないかもしれないが、20も中頃になってくると、1日を予定で埋められなくなってくる。
第1、第2の大きな予定を入れると、第3の予定をこなせる可能性は大いに低くなる。
「別に予約も約束もしてないし、帰って寝るか……」となりがちである。

今日は朝から栄の丸善本店で開かれていた出版社の出店ブースを見に行くことにしていた。14時からは鶴舞図書館で名古屋ライターの大竹敏之のトークイベントもある。
これが大きなイベントである。

それに加えて、今日は朝から無性に楽器が弾きたい気分でトークイベント後に大学に顔を出したい気持ちがあった。さらに、体調が優れずに延期していた大須の銭湯にも行きたかった。

ここで一つ大きな問題が出てきた。
楽器を持って本屋には行ける。そのままトークイベントにも行けるだろう。
しかし、その二つの間に銭湯には行けるだろうか……いやロッカーには入らないだろう。
トークイベントが終わってから家に帰って楽器を取って……とすると二度手間である。

ここで僕は楽器を持って行くか行かないかで20分ほど悩み、もしトークイベントが2時間以内に終わったら家に楽器を取りに帰り、その足で大学に行こう、と決めた。
つまり楽器を持って行かずに銭湯に行くことを選んだのである。

しかし、丸善で樹林舎の本を買い、栄から大須に向かった僕を待ち受けていたのは「開店13時」という残酷な現実であった。仕方がないからたこ焼きを食べた。

鶴舞でのトークイベントは2時間と言わず1時間半で終わった。大学に行く十分な時間を得た僕は家に帰り、そのまま温かい布団でたっぷりと昼寝をした後にこのブログを書いている。

2017年10月27日金曜日

証明

「悪魔の証明」という言葉がある。
簡単に言えば「ないものを、ない、と証明することは出来ない」という意味である。
というかそれしか僕も知らないので、難しくは言えない。
「UFOはいるか!?」という話で、「〇〇というデータがあるからいるに違いない!」と言うことは出来るが、「そのデータは間違ってるからいない」とは言えない。「このデータが間違ってるだけで、いないとは限らない」と言われたら反論が出来ないからである。
だから、自然科学では(たぶん)「ある、と言えないものは、存在しない」という前提がある。だからSTAP細胞はない。あるのかもしれないが、「ない」。
データのない可能性にウェイトを載せることは許されないのだ。

それはそうと僕は数日前から体調が悪い。
熱はないが頭が重く体が気だるい「気がする」。
熱がない、というのは嬉しいが困った問題で本当に体調が悪いのか証明が出来ない。
というか自分でも確証が持てない。体調が悪い自信がない。

「もしかするとただサボりたいだけなのではないか?」

という疑問を簡単には払拭することが出来ない。
とりあえず体調が悪い気がするので2日ほど寝込んでみてから活動を始めた。
今のところ体調が悪い気が満々にするので、やはり体調が悪いのかもしれない。
その人が感じる辛さをその人の耐久で割った基準値を求める計器が欲しい。
もしくは説得力を付加するために、僕の体に発熱を望むところである。

2017年10月26日木曜日

感染

たったったっ。古いコンクリートの階段を降りる。
今日の天気のせいだろうか、青いタイル張りの壁はしっとりと湿っていた。
ホームに僕が来るのを待っていたのだろうか、降りるや否やスピーカーから音楽が流れる。
ベストタイミング。心の中で小さくガッツポーズをする。
電車が大きな体を揺らしながら暗闇から現れる。
軋んだ車輪が声をあげ、押し出された空気は風となって頬をうつ。
けたたましいブレーキと空気の抜ける音がしてドアが開いた。

僕はなるべく自分から見て「イケてる」と思う人の横に座る。
(もちろんスペースがある時は妙に詰めたりはしない)
朱に交われば赤くなるのだ。少しでもイケイケオーラを分けて欲しい。
くたびれた諸兄の横は避ける。いつかそこに行きつくのだ、まだ急がなくても良い。

そしてショートカットの素敵な女性の横に座った時、それだけでその日は良い日だった気になる。そうすれば、あとの一日の残りは消化試合だ。
消化試合をほどほどに過ごすために今日も電車に乗る。

2017年10月25日水曜日

憧れ

今は昔、子供の頃を振り返って欲しい。
具体的には小学生中学年くらいを振り返って欲しい。

その頃、冒険王ビィトや陰陽大戦記のアニメを見ていた僕らが、「高校生」の象徴として崇めていたものはなんだっただろうか。
それは「現国」である。少なくとも僕にとっては「現国」であった。

「ゲンコク」−−−なんとも甘美な響きである。
まだ若かりし日の、鼻水を袖で拭いてかぴかぴにしていた僕たちが、「国語」と呼んでいた授業を、年上の素敵な女性たちは「現国」と呼ぶのだ。
僕はそれをドラマやアニメで聞いては、まだ見ぬ高校生活に、「現国」の存在する高校生の一日に思いを馳せていたのだ。

いつか高校で現国の授業を受ける日がくるのだ。
素敵な同級生の女の子と屋上で弁当をつついたり、夜の校舎に忍び込んで校庭にミステリーサークルを描いたりする、そんな日が来るのだ。
「ゲンコク」を聞くたびに僕はそんな夢を思い描き、自分の口でその音を囁いた。

いつのまにだろうか、月日が流れていった。高校生になった僕は「現国」に出会うことが叶わなかった。それは奇しくも、「現代文」と呼ばれていた。
憧れ続けきた、夢見つづけてきた高校生活には、「現国」は存在しなかった。学校帰りにマクドナルドでポテトをシェイクにつけながら、一緒に生物の課題をやってくれる女子高生の同級生も存在しなかった。
憧れは、存在しなかった。

今は昔、高校生の頃を振り返って欲しい。
憧れの大学生活の象徴はなんであっただろうか。
僕にとって、それは「休講」であった。
そして今、憧れの社会人を象徴するものは「ボーナス」である。

僕は成長した。
ぼんやりとした憧れは、「休み」と「金」に具体化された。
しかし。しかし僕はやはりどこかに、現国を忘れてきてしまった気がする。

2017年10月24日火曜日

ポーション

諸兄におかれてはご存知かもしれないが、疲労の癒しに食事は適さないのだ。
いやしい我等は疲れただなんだと言っては揚物だの焼肉だのとを喰い散らし、余計に栄養を摂りすぎる。そして鏡の前で太り過ぎた身を嘆き、嘆き疲れてはまた喰う以外の術を知らぬ。
寝るのである。
食事は血糖値を上げる事しか出来ぬ。多少は頭の疲れが癒えるかもしれぬが、身体の疲れが癒えようか。そして必要以上の甘味を取っていないとどの口が言えようか。
身体の疲れを、頭の疲れを、神経の疲れを、心の疲れを癒すには、寝るのである。
寝ることにこそ全力を注がずしていかに生きよう。
目を閉じ、鼓動の数をつぶさに数えよ。
さすれば道は指されん。

2017年10月23日月曜日

コーヒータイム

特に好きじゃないというくせに、最近コーヒーを飲む癖が付いている。
歳を取ると飲み物で甘味を摂るのが嫌になってくる、という取るに足らない小噺を馬鹿にしていたのだが、いつの間にか飲み物で甘味を摂るのが嫌になってきた。
そんなわけなので徹底的にブラックしか口にしないのわけだが、やはりなんというか大好きというわけでもない。
ただ食後に一杯あおるとなんだか胃腸がすとんと落ちて、整頓されたような落ち着きが得られる。味覚が成長したというか、良い整腸剤を見つけた。
むしろ飲まないと何か足りなさを感じる。
つまりは日々一歩ずつカフェイン中毒に近づいていっている。

コーヒーを飲み初めて、「美味しい」コーヒーの存在はよく分からないが、ようやく「不味い」コーヒーの存在を確認・認識できるようになってきた感がある。
新しい物に触れた時に初めは何も感じないフラットなものが、いつの間にか針がふらっと好きやら嫌いやらに振れて、そうなってくると自分の中で新しいジャンルの認知がまとまり始めたようなそんな感慨を得る。

そんなことをまずまず不味くはないコーヒーを飲みつつ思った。

2017年8月17日木曜日

歯医者

歯医者が嫌いだ。嫌いというか苦手だ。
なるべく行きたくない。やはり嫌いなのかもしれない。

ひんやりとした石の階段を登り、重いガラス戸を引いて院内に入る。
うがい水の匂いが鼻を通って脳へと染み渡って来る。歯医者の匂いだ。
脳から子供の頃から蓄積された歯医者の嫌な記憶がにじみ出てくる。

診察券と保険証を受付に座る無駄にきれいな女性に渡す。
不思議と歯科衛生士というのは無駄にきれいな女性が多い。

診察室の方から機械が歯を削る時の、気に触る摩擦音が聞こえて来る。
歯医者で与えられる痛みというのは、それ自体はそこまで大きなものではないのだ。
ただその痛みを「恐怖」というスパイスが2倍にか3倍にか大きくしてくれている。

サーカスでは仔象のときから繋いでおくことで、鎖を「絶対的なもの」と脳に覚えこませると聞いたことがある。こうすることで、巨象となろうとも鎖を違って逃げるようなことは出来ないらしい。
我々もまだ年端もゆかないうちから歯医者へ連れていかれ、口に金属の太い棒(昔は今よりも口が小さかったのにも関わらず)を突っ込まれて、好き勝手に身体を削られる恐怖を脳の奥深くへ染み込ませてきた。
まだ僕が小さい頃、一度だけ診察台から院外まで走って逃げたことがある。すぐに捕まえられ連れ戻された僕は、歯科医という恐ろしい存在にはどうしても抵抗出来ないということを思い知ったのだ。

先程とは別のきれいな女性が僕の名前を呼ぶ。
おそらくこの「歯科医院」というところは耐え難い恐怖を女性の見目の清さでカバーしようとしているのだ。そしてその試みが幾分か成功しているのは、僕が通い続けていることからも間違いない。

2017年6月2日金曜日

コーヒープロトコル


<作業手順>

・ソファから15歩でキッチンの戸棚の前に移動する。

・右手を伸ばし丸いつまみをつまみ、戸棚を開ける。

・戸棚の一番手前に見えるコーヒーの瓶を左手で掴み出す。

・やおら180度回転し、食器棚の扉のない段からミッキーのマグカップを取り出す。

・ミッキーのマグカップは良い量的形質(量がちょうどいい)を持ち、本実験に最適。

・瓶の蓋を右手で2回半、反時計回りに回して開ける。
(閉める際は、同動作を逆向きに行う)

・瓶中に入ってる赤いプラスチックのスプーンを用い、スプーン一杯に1杯、マグカップに入れる。

・2杯目は瓶のふちに当てて半量に減らす。

・マグカップに少しのお湯と冷水を注ぎアイスコーヒーを作る。
(コーヒーの瓶などは適宜片付ける。蓋を閉め忘れない)


結果 : 朝にアイスコーヒーを飲むと、身が締まる上に、身体も締まるような、良い錯覚を得られる。
得られていれば成功と考えて良いだろう。

6/2 ジャネイロ



2017年3月20日月曜日

SING, SING, SING


映画「SING」見て来ました。
三連休の最終日に激しく混んだ映画館で。

予告でグルーとミニオンズが登場して怪盗グルー最新作の予告をやってくれました。字幕でSING見に来たんですが、グルーの声は吹き替えでしっかり鶴瓶がしゃべってました。
(願わくば、ここも字幕が良かったな)

肝心のSING、面白かったです!
イルミネーションの前作、ペットよりも自分にハマりました。

友情あり、親子の愛あり、ハチャメチャなアクシデントやらなんやらで、イルミネーション!!!って感じがやっぱ気持ちいいです。スルッと飲み込めるエンターテイメントはやっぱりイルミネーション!!!


SINGの世界ではズートピアと同じく、動物たちが人間のように生活をしています。この点で前作のペットとは違うわけです(ペットもウサギが人間みたいな動きしてたけど)

ファンタジーでとやかく言うのは野暮だと分かった上で言うと、やっぱり姿形(サイズ)が違う生き物達が共に暮らしてる世界を見ると、「インフラ大変そう……」と考えがちです。

まず冒頭すぐに出勤風景があるんですが、みんなそれぞれ仕事に向かい動物達が階段を登って、その階段に付けられた水路を魚が登って出勤して、川ではクジラが尾を振りながら移動していく……

動物達が平等に仕事をするためには水路とそれぞれのサイズにあったドアや設備が必要になりそうですね。(小さい動物は割と頑張って大きい動物に合わせてる感じがするけど)

食べ物はたぶんズートピアと同じく昆虫を原料としてるんでしょう。(熊がネズミ食べようとしてたから食べれなくもないみたいですが)

ズートピアが「動物間で秘められて来た偏見や差別意識」みたいなのを主題の一つにしてるのに対して、SINGの世界では小さいからと言って舐められたり、肉食だからと言って迫害されたりはしてないみたいです。

ペット同じく、「小さいけど性悪凶悪」なキャラクターは今回も健在です。そういやズートピアのMr.Bigはどうやって熊を統治してるんだろ。自分としては彼はトガリネズミだと思っています。

ただSINGの世界でもやっぱりサイズによる違いはあって、それは無くせない違いな訳です。そんな中でコンテストが行われる、小さい動物から大きな動物まで(カタツムリから象まで)みんながコンテストを受けに来る。
いくらサイズが違っても、マイクを通せば、音響を通せば、みんな歌を届けられる。
歌の力ではどんな動物でも平等になる。
SINGはそこがなんだが自分の中でストンと、しっくりと、映画の主題ではないかもしれませんが、馴染んだところです。

(カタツムリは小さいのに、カメレオンはコアラより大きいやんけ!!)



2017年2月4日土曜日

1次元思考


ここに一枚の紙テープがある。
長さはちょうど両手を横に広げた程度だ。

紙テープには、左手側の端に「自分の愛する人達のために自分を捨てて働く」と書いてあり、右手側の端に「穏やかに死ぬ」と書いてある。
自分はその中間点にいて、どちらに進むかを迷っている。

右手の先書いてある穏やかな死は、僕が望む最も利己的な決断だ。死は希望を失わせるのではない。希望を残したまま、不安との別れをもたらすものである。
とするならば、穏やかな死こそは最上の幸せだと自分は考えている。昔から変わらずに。

しかし、自分の死は家族や恋人を悲しませると、驕りを捨てても思われる。自分にかけた金銭の分を報いなければならないと考えるし、少なくとも親よりは長生きをしてあげたいと思う。それが最も利己的な決断とする理由である。

さて、この人生の紙テープの中心にいる僕がどちらに進むべきか、という問題であるが、これには回答がないのである。というよりも、これは問題立てが間違っていると言える。問題を二つの端でしか解決出来ないと考えることが、およそ間違いなのである。

ここに別の軸を持たせることを考えなければならないのではないか。1次元思考から2次元思考への転換である。
紙テープは一枚の大きな紙となる。紙の上を僕は自由に動ける。

二極化された解答は自分を追い込む事につながる。
紙を用意出来るようになりたい。



2017年2月2日木曜日

服が羽織れない


「認知のズレ」という言葉を最近よく聞く。
例えば「みんなに迷惑をかけているのではないか」と考えすぎてしまう。本来はそんな事はなくて悩む必要がないような事でも悩んでしまう。
これは自分と周囲とをまっすぐに認知が出来てない、つまり認知にズレが生じている、という事である。


話が変わるが、映画を見たり、小説、漫画を読んだ時にどんな感想を抱くだろうか。僕は楽しい悲しいは置いておいて「面白い」と半分の場合では感じる。
残りの半分では深い「寂しさ」を感じる。
物語はフィクションである。その道のプロが人の心を動かす面白い話を書いている。そうと分かった上でも、自分自身と比較し、自分が生きていくことの、自分の人生の退屈さを突きつけられた気分になる。

子供の頃を思い返す。
誕生日前には魔法学校からの手紙を待ち望み、将来は野球選手だストライカーだ、冒険がしたい、発明家になりたい、大きな夢を描いていた、まるで物語の主人公のような人生が待っていることに疑いはなかっただろう。

人は成長とともに、社会に属し周りと関わっていく中で、そうした期待感を縮め等身大にしていく。小さな頃に魔法少女になりたかった女の子も、いつか芸能人に憧れ、そのうち幸せな家庭が欲しくなっていくのかもしれない。

自分はどうも期待感を等身大に縮めることが出来なかった人間なのだ。普通の会社員になり定年まで働き、周りと同じように人生を送ること。それを拒絶する自分がいるのだ。

一体どんな人間になりたいのか。自分はそれが分からない。
周りと同じように、「社会人」という一般像を自然と目標に置くことがまだ出来ていないのである。

自分は「自分」を失うのがとても怖い。
ただ、その自分というものが何か分からない。
分からない何かが怖くて、滞った自分に焦っている。

自分というのは他者との関わりの中で見えてくるらしい。
自分を理解するために、組織の一員という服を羽織らなければならないらしい。ただ僕にはそれがなんとも馬鹿らしくて、愚かな事に思えてしまうのだ。



2017年1月30日月曜日

決定権


前回、「自分の中でのリーダーがなかなか決まらず、国の治安がまとまらない」ということを書いた。

今でこそ国王たる自分はおどおどしているだけじゃなく、少しずつでも自分の中の勢力に「自ら」決定して援助をしていく必要があるのだと思う。

つまりは国王の権力の復興である。

今、国王の僕の言葉は国民たちに軽く扱われている。僕が「早く起きるのじゃ」と言ったところで、僕の中では「睡眠党」が利権を主張し、「指導力なき国王」はお飾りになってしまっているのである。

ここは王権復古の大号令が如く、王の力を取り戻し、国内での発言力を増していく必要がある。
「王の言葉に従えば利益がある」ということを国民に知らしめるのだ。

というわけで細々したことから自分の意思で行ってゆき、それによる旨味を享受していきたい。
そーら筋トレ筋トレ。



2017年1月25日水曜日

リーダー不在


人とは一人に見えて一人ではないのである。

というのは、「あなたには支えてくれる人がいる」ということではない。

例えばある人の目の前にケーキがある。
その時、その人は「ケーキを食べたい人」「ダイエットのために食べたくない人」で主な成分が構成されることになる。
そうじゃない人もいるかもしれないが、それはどうでもいい。

意志の強い人、というのはおそらく後者のダイエット志向の自分が、他の自分を統率することが出来る人なのだろう。
目的に合わせた自分に安定的にリーダーシップを発揮させられる人、というのが集中力があり意志の強い人となるのである。たぶん。

自分はおそらくある程度弱っている状態である、と自分自身は考えている。そんな自分の中では、様々な自分が独立を宣言したり、反対デモを起こしたり、武力行使で反乱を収めようとしたり、無権力状態になっている。
実際はそこまで酷くはないかもしれないが、とりあえず我がジャネイロ国は政治不安が広がっている。

この中で、様々な勢力が力を増したと思ったら、他の勢力に負けて弱くなったりして、なかなか国をまとめるリーダーが現れてくれないのである。

国王たる僕は「夢に向かって突き進む僕」とか「仕事にぶつかりながらも成長していく僕」とかカッコいい僕に頑張って欲しいのだが、どうも彼らはまだ勢力的にはだいぶニッチらしい。代わりに「寝てたい僕」とか「だらだらしてたい僕」はジャネイロ国民の大きな支持を受けているらしく、国王は国の未来を憂いている。

まぁそんな訳だから、僕はニッチの勢力に援助を出して彼らの頑張りに期待したいところなのである。

というわけで頑張れカッコいい僕!!



2017年1月24日火曜日

働きたくない病


自分はいわゆる「働きたくない病」なので、働きたくないのである。

「そんなのみんな働きたくないんだよ!甘えるな!」と言われるかもしれないが、別にあなたに何かサポートをお願いした覚えはないし、働きたくないなら、どうぞ働かずにどうぞ、としか言えない。
働かなきゃいけないと思ってるから、働いてるのだろうし、働かないデメリット(金銭、機会の喪失など)も分かっているのだろう。

それを踏まえて働かないという選択肢を選ぶ人は、強固な意志を持っているか、生活に余裕があるか、僕と同じ働きたくない病だと思う。

まぁ病気であるので、治さなければいけないとは思う。
ただ、現状を言えば「まぁ治ればなぁ」という時と、「いや無理無理働きたくない、無理無理」という時で波がある。

今この記事を書いている時は後者である。

「働きたくない病」にかかると働く事のメリットよりもデメリットが大きく感じられるようになる。これは言い訳ではなく、自分の中で確かに「メリット<デメリット」を強く感じる。これにより働く事の意義が感じられなくなる。

そうした中で何かの労働(または準ずる行為)に勤しむ事になると、自分にとって役に立たない、無意味、むしろ害、の行為を行っている気分になる。

昔こんな話を聞いた。ある人に穴を掘らせる。ある程度まで大きな穴が掘れたら埋めさせる。そしてまた掘らせる。
この作業に従事した人は気が狂うそうだ。
これは刑務所で行われた拷問だそうだ。

働きたくない病で仕事をする。意義のなく思われる作業を続ける。すると精神的にひどく不安定になる。
「意義のない仕事」を続ける自分自身が「意義のない存在」に思われてくる。しかし周囲からは当然のようにそれを求められる。意義のない仕事、意義のない日々、自信は低下し、自分の存在が揺らいでいく。
意義を感じられない自分を否定しなければならないのか、それとも周りが狂っているのだろうか。周囲との中での自分が揺らいでいく。自分の中の自分、周囲の中の自分、理想の自分、現実の自分、境界線が揺らいでいく。
視界のピントがずれていく。

というわけで自分は戦略的撤退をしている訳である。
「認知のズレ」というのはうつ病などでもよく聞く原因であるが、それが一因なのかもしれない。
「社会の男というものは、たとい詰まらない仕事であっても、生きるために仕事をするものなのだ」という認知が「正常」であるのかもしれない。
そうだとしたら、自分にはそんな認知はいらないと感じる。
自分は病気であろうか?治すべきだろうか?

波底のベントスはそう考えている。
浮上はもう少し。